海上に揺らめく思い・前編
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「よし、まずはそれを全て頭に入れろ」
「……あの、私……やっぱり無理です」
「良いからやれ」
「これ、お返しします!」
カインに台本を突き返そうとするが、彼は腕を組んだまま受け取ろうとしない。
隙を見て逃げ出す選択をしたルシアは渋々台本を開き、そこに書かれた文字を辿る。
「お前の出番は第二幕以降だ。だが役になりきるには全ての世界観を頭に叩き込んでおかないといけない」
「……え?待って……ローザって……お姫様なの?」
大まかに話の流れを掴み、ローザの人物像が明るみになるとますます自分には不向きな役割だと感じた。
ルシアはパタンと台本を閉じ、再びカインに突き返す。
「王族の役なんて、絶対私には務まらないから!……折角見に来てくれたお客さんをがっかりさせてしまうかも」
「それはお前の努力次第だな」
「流石にそれは横暴じゃ……。」
「役になりきるのに一番簡単な方法を教えてやろう」
「だから、私には荷が重すぎるから……」
「俺を好きになれ。それがローザになりきる一番の近道だ」
「……はい?」
カインがルシアの手にあった台本を奪い、パラパラとページをめくる。
第二幕の冒頭のセリフと指示が書かれた箇所を開いてルシアにそれを示した。
「えええぇぇぇっ!!!!?無理無理、絶対ダメ!」
どうやらローザという役割は恋愛絡みの演出が多い様で、ルシアは思わず頬を赤らめる。
「俺は芝居に命を懸けて来た。役になり切る為なら手段は択ばない」
「手段とか、そういう事じゃなくて……私の意志はどうなるの!?」
「所詮は芝居だ。ルシアとしてでなく、ローザとして俺を愛してくれればいい」
「それが出来れば苦労しないんだけど……。って、そうじゃなくて!」
「決まりだな」
「……はぁ、分かりました。じゃあ、出来る所まで頑張ってみます……」
何を言っても無駄だと半ば自暴自棄になりつつ、カインから今度はちゃんと台本を受け取って最初のページからきちんと目を通していく。
この世界の文字の勉強をちゃんとしておいて良かったと内心ほっとしつつ、先へと読み進める。
静かな室内には時折ページを捲る乾いた音が響いていた。
先ほどとは打って変わって真剣に台本に目を通しているルシアの様子を眺めながら、カインは彼女が読み終えるのをただじっと待っていた。
少し経って、パタンと本が閉じられる音が鳴る。
「……さっき言ってた貴方を好きになれって、意味が分かった」
「そうか、それは良かった」
「この……き、キスシーンとかって……本当にするの?」
「当たり前だ」
「私、キスなんてしたことない……」
「そうか」
「そうかって……私、どうすればっ……!?」
あまりにも平然と言って退けるカインに少し腹が立ってきたルシアは何か言ってやろうと口を開きかけるが、急に肩を引かれ、顎に指を添えられる。
カインの顔が迫ってきたかと思いきや、彼の形の良い唇が自分のそれと重なる。
何が起こったのか理解できずルシアが放心している間に僅かに感じた温もりが離れて行った。
「これで経験済だな」
「……は?へ?ちょっと!い、今何したの……!?」
「お前は馬鹿か?キスだ」
「き、キスって……そんな飄々とやってのけるものなの!?」
「どうだ?俺の事が好きになったか?」
「……うん、もういい。なんでもないです……」
この人は芝居の為ならなんでも出来る人なのだと勝手に納得し、今日の所は引き上げると伝え、台本を抱えたまま稽古場を後にする。
背後から明日までに台詞を覚えてこいと無茶ぶりが聴こえた気がしたが、気のせいだという事にした。
「あっ……ルシア!」
とぼとぼ通路を歩いていると、エイトに名前を呼ばれて即座に振り向く。
「エイト……エイトっ……」
エイトの顔を見たら、安心したのかポロポロと涙が溢れて来た。
急に泣き出してしまったルシアに慌てて駆け寄り、落ち着かせようと彼女の背中を優しく擦る。
「大丈夫?何かされたの……?」
「平気……何でもないの……。なんだかどっと疲れが出ちゃって……」
「ごめんね、まさかこんな事になるなんて……。嫌だったら断っても良いんだよ?何なら、ルシアを連れてここから脱出してもいいし」
「ううん、どこまで出来るかわからないけど……やるって言っちゃったから」
「ルシア……。」
「魔物の方も勿論ちゃんとやるから大丈夫!あの魔物が何なのかも気になるしね!」
心配そうなエイトに今出来る精一杯の笑顔を向けて、二人一緒に他のメンバーが待機している船室へ入って行く。
部屋の中ではそれぞれが思い思いの時間を過ごしていた。