海上に揺らめく思い・前編
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「ルシアさんって出身はどこなの?」
「え?出身?……うーん、田舎の村です」
「田舎の村?……どこかしら」
考え込む素振りを見せるリーシャにルシアは思わず苦笑する。
村の名前を言っても伝わる筈がないし、この世界にその村は存在しない事など言える訳もなく。
「出稼ぎに旅に出てる、って事なのかしら?」
「まぁ……そんなところです」
「そうは見えないんだけどなぁ。私の目に狂いが無ければ、貴女は……」
リーシャがそう言いかけた途端、船が大きく揺れ動き出す。
その衝撃で食器が床に散らばり、照明がチカチカと瞬く。
「もしかして……例の魔物!?みんな!」
エイトの声を聴いて、食堂を後にする。
エイト達が見張りをしていた時は憎らしい程澄んでいた空はすっかり雲に覆われていた。
風も強くなり、海も荒れている。
「ねぇ、あれ……!」
ゼシカが海中を指さす。
暗くてハッキリ見えないが、海中に暗い影のようなものが映っていた。
「船に魔物が絡みついてるのかしら!どうにかしなきゃ!」
「……ギガデイン!」
影に向かって放たれたエイトの呪文が命中する。
すると、その影は海の底へと身を潜めて行った。
結局その正体は分からないまま、事態は収束へと向かっていく。
「倒したのかしら?」
「多分、逃げただけだと思う。また襲い掛かって来るかもしれない」
「きゃーー!誰か!誰か来て!」
船内から誰かの悲鳴が響き渡る。
中に魔物が入り込んだのかと思い、エイト達は大急ぎで声のした方へと向かって行った。
現場に行き着くと、女性が床に蹲っていた。
どうやら船が揺れた際に体制を崩し、怪我をしてしまったらしい。
リーシャが女性の傍らで怪我の具合を伺っている。
「リーシャ……ごめんなさい、足がっ……」
「ちょっと見せてくれないか?」
心配して集まっていた団員を掻き分け、割って入るとククールが回復魔法をかける。
最初のうちは痛みに顔を歪めていた女性だが、その表情は次第に穏やかなものになっていく。
「取り敢えず応急処置はしたが……まだ腫れが引いていない。ちゃんと医者に見せた方がいいな」
「困ったわね……この船に医者はいないのよ。それにこの子は今度の芝居の重要な役どころなの」
「公演の延期をした方が良いんじゃないか?魔物の一件もあるし、その方が身のためだ」
「そうはいかないわ!私達を待っててくれてる人達がいるの!……それに、今回のこの公演を終えたら暫くは……」
「俺達にとって今回の公演は最期になるかもしれないんだ。止めるなんて選択肢はないな」
いつの間にかこの場に駆け付けていたカインが救急箱から包帯を取り出して怪我をした女性の足首に巻いていた。
その様子を見ていたリーシャが深くため息を吐き、やがて意を決したかのように顔を上げる。
「……こうなったら仕方ない、か。ルシアさん、貴女に代役をお願いできないかしら?」
「……え?」
リーシャに何を言われているのか理解できず、ルシアが困惑の色を見せる。
その意味を問うようにエイトに視線を向けるが彼も同じように固まっていた。
「今……なんて?」
「だから、この子の代役をお願いしたいの」
「流石にそれは無理です!お芝居なんてした事ないし……魔物の討伐もありますし!」
「お願い!人助けと思って……!」
「こんなに沢山団員がいるのだから、その方々にお願いした方が……」
「この役、容姿も人柄も貴女が一番ピッタリだと思うの!団長の私が言うんだから、間違いないわ!だからお願い!」
「お断りします」
きっぱりとルシアが断言すると、一連のやりとりを見ていた団員達も次々に頭を下げ始める。
「お願いします!団長の頼みを訊いてやってください!」
「私達を助けて!」
「だからそんな……無理ですって!」
頑なに拒み続けるルシアの前に、カインが立ちはだかる。
彼は無表情のままルシアを見据えていたかと思いきや、無言で一冊の本を突きつける。
視えざる圧力に押され、ルシアは思わずそれを受け取ってしまった。
「……よし、受け取ったな。今日からお前はローザだ」
「え?ローザ?」
「こんな所でモタモタしている時間が惜しい。早速稽古に入るぞ、ローザ!」
「いや、ちょっと!?待って!待ってってば!……エイト!」
カインに強引に手を引かれて行くルシアは半泣きになりながらエイトに助けを求める。
二人を追いかけようと足を踏み出したエイトだったが、リーシャと他の団員達による見事な団結の前に敗れ去った。
「報酬、上乗せしますから!……ね?」
「だけど、ルシアは嫌がってるみたいだし……無理矢理は良くないから……」
「……ルシアさんには光るものを感じるのよ。あのカインも承諾した事だし、私に少しの間彼女を預けてくれないかしら?」
「だけど……」
「大丈夫!私達がルシアさんを立派な役者に仕立て上げるから!ね?」
「いや、そういう問題じゃなくて!ルシアがいないと戦力的にもキツイし……」
今度はリーシャとエイトが押し問答を始めてしまう。
段々面倒になってきたのか、それまで蚊帳の外にいたゼシカがついに口を挟む。
「ヤバイ奴が来たときだけルシアを返却してもらえれば良いんじゃないかしら?」
「雑魚なら俺達だけで始末できるしな。それに何より面白そうだから、ルシアを預けてみようぜ?」
「面白そうって……はぁ……。」
ルシアを気の毒に思いながら、エイトは小さく息を吐いた。