お誕生日、おめでとう
その日、その男の元にはたくさんの人が訪れていた。みんな、アイテムやカードパックを渡していく。
「なんだよ。やけに声をかけられるじゃないか」
僕が言うと、彼は嬉しそうにこう答えた。
「今日は、僕の誕生日だからね」
「誕生日? ああ、生まれた日を祝う儀式か」
その言葉の意味なら知っている。毎年、自分の生まれた日を迎えるごとに、彼らは人を集めて祝うのだ。
「人間って変わってるよな。残りの寿命が縮んだことを祝うんだからさ」
すぐに死んでしまうのに、死へ近づいたことを祝うなんて、変なやつらだ。そう思って、率直な感想を口に出す。
「誕生日は、生きていることを祝う日なんだよ」
僕の言葉を訂正するように、彼は説明する。
「今は技術が発達したから、健康に生きていることが当たり前になっているけど、昔は生まれたばかりの子供はほとんど生き残れなかったんだ。一歳を迎えるまで生きられる子も少なかったし、二桁を超えて、大人になれる子はもっと少なかった。だから、生きてることを祝福するために、誕生日を祝うんだよ」
「ふーん」
そうか。これは短命種ゆえの儀式なのか。命が短いからこそ、人は生を祝うんだ。
「今日は、ぶどうのタルトでも買って帰ろうか」
彼に手を引かれる。誕生日というものは、ケーキを食べるのが習わしらしい。こんな時にも僕の好物を選ぶなんて、本当に変なやつだ。
「ルチアーノには、自分が生まれた時の記憶って無いの?」
夕食を食べ終え、買ったばかりのタルトにろうそくを立てながら、彼は僕に尋ねた。
「無いよ。気がついたら、神の代行者として使命を与えられてた」
僕たちはアンドロイドだ。誕生や生死の概念なんて持ってない。物と同じなのだ。
「そっか。じゃあ、一緒に誕生日を祝おうよ」
「は?」
予想外の一言に、呆れた声を出してしまう。
「ルチアーノは、誕生日を祝われたこと、無いんだろ。一度くらい経験してもいいんじゃないか?」
「そんなのいらないよ」
僕は『もの』だ。命なんて無いし、誕生日なんて祝う意味もない。それなのに、彼はろうそくに火をつけると、歌まで歌い出してしまう。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」
「やめろって!」
戸惑っていた。どうしてこの人間は、僕を生きている人間のように扱うのだろう。
歌い終わると、彼は真っ直ぐに僕を見た。
「ルチアーノ。今日まで生きていてくれて、僕と出会ってくれてありがとう」
曇りの無い瞳だった。本当に、この男といると調子が狂う。
「なんだよ、もう……」
僕は呟いた。自分でも、顔が赤くなっているのが分かった。
「少し、外に出ようか」
そう言って、彼は僕を外に連れ出した。
彼は、あまり僕を遅くまで連れ出すことを好まない。二人で夜の町を歩くのは久しぶりだった。
高台に登って、夜の町を見下ろす。ネオンと、人々の命に彩られた、大都市の姿だった。
「僕は、この町に来て良かったと思ってるよ。ルチアーノに出会って、側にいることができたから」
僕は何も言えなかった。彼は、僕たちの目的を知らない。僕がこの町を壊そうとしていると知ったら、どんな顔をするのだろう。
僕は神の代行者だ。神の意志のままに動く、命を持たない存在だ。
この町を滅ぼしたら、僕の役目は終わる。その時、僕はどうなるのだろう。
夜、ベッドに入ったときに、妙な寂しさを感じた。怖くなって、隣に眠る男に身を寄せる。
彼は、何も言わずに僕を抱き締めてくれた。
不意に、アポリアの記憶の中に、誕生日の出来事が含まれていたことを思い出した。両親は、毎年『彼』を祝っていたのだ。たった一人の子供の、健やかな成長を。
機械の身体に誕生があるとしたら、それはいつになるのだろうか。組み立てられた時か、目を覚ました時か、それとも、自我の確立された時なのか。
彼だったら、「ルチアーノが生まれたと思った時」と言うのだろうか。そんなことを考えながら、僕はゆっくり眠りについた。
「なんだよ。やけに声をかけられるじゃないか」
僕が言うと、彼は嬉しそうにこう答えた。
「今日は、僕の誕生日だからね」
「誕生日? ああ、生まれた日を祝う儀式か」
その言葉の意味なら知っている。毎年、自分の生まれた日を迎えるごとに、彼らは人を集めて祝うのだ。
「人間って変わってるよな。残りの寿命が縮んだことを祝うんだからさ」
すぐに死んでしまうのに、死へ近づいたことを祝うなんて、変なやつらだ。そう思って、率直な感想を口に出す。
「誕生日は、生きていることを祝う日なんだよ」
僕の言葉を訂正するように、彼は説明する。
「今は技術が発達したから、健康に生きていることが当たり前になっているけど、昔は生まれたばかりの子供はほとんど生き残れなかったんだ。一歳を迎えるまで生きられる子も少なかったし、二桁を超えて、大人になれる子はもっと少なかった。だから、生きてることを祝福するために、誕生日を祝うんだよ」
「ふーん」
そうか。これは短命種ゆえの儀式なのか。命が短いからこそ、人は生を祝うんだ。
「今日は、ぶどうのタルトでも買って帰ろうか」
彼に手を引かれる。誕生日というものは、ケーキを食べるのが習わしらしい。こんな時にも僕の好物を選ぶなんて、本当に変なやつだ。
「ルチアーノには、自分が生まれた時の記憶って無いの?」
夕食を食べ終え、買ったばかりのタルトにろうそくを立てながら、彼は僕に尋ねた。
「無いよ。気がついたら、神の代行者として使命を与えられてた」
僕たちはアンドロイドだ。誕生や生死の概念なんて持ってない。物と同じなのだ。
「そっか。じゃあ、一緒に誕生日を祝おうよ」
「は?」
予想外の一言に、呆れた声を出してしまう。
「ルチアーノは、誕生日を祝われたこと、無いんだろ。一度くらい経験してもいいんじゃないか?」
「そんなのいらないよ」
僕は『もの』だ。命なんて無いし、誕生日なんて祝う意味もない。それなのに、彼はろうそくに火をつけると、歌まで歌い出してしまう。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」
「やめろって!」
戸惑っていた。どうしてこの人間は、僕を生きている人間のように扱うのだろう。
歌い終わると、彼は真っ直ぐに僕を見た。
「ルチアーノ。今日まで生きていてくれて、僕と出会ってくれてありがとう」
曇りの無い瞳だった。本当に、この男といると調子が狂う。
「なんだよ、もう……」
僕は呟いた。自分でも、顔が赤くなっているのが分かった。
「少し、外に出ようか」
そう言って、彼は僕を外に連れ出した。
彼は、あまり僕を遅くまで連れ出すことを好まない。二人で夜の町を歩くのは久しぶりだった。
高台に登って、夜の町を見下ろす。ネオンと、人々の命に彩られた、大都市の姿だった。
「僕は、この町に来て良かったと思ってるよ。ルチアーノに出会って、側にいることができたから」
僕は何も言えなかった。彼は、僕たちの目的を知らない。僕がこの町を壊そうとしていると知ったら、どんな顔をするのだろう。
僕は神の代行者だ。神の意志のままに動く、命を持たない存在だ。
この町を滅ぼしたら、僕の役目は終わる。その時、僕はどうなるのだろう。
夜、ベッドに入ったときに、妙な寂しさを感じた。怖くなって、隣に眠る男に身を寄せる。
彼は、何も言わずに僕を抱き締めてくれた。
不意に、アポリアの記憶の中に、誕生日の出来事が含まれていたことを思い出した。両親は、毎年『彼』を祝っていたのだ。たった一人の子供の、健やかな成長を。
機械の身体に誕生があるとしたら、それはいつになるのだろうか。組み立てられた時か、目を覚ました時か、それとも、自我の確立された時なのか。
彼だったら、「ルチアーノが生まれたと思った時」と言うのだろうか。そんなことを考えながら、僕はゆっくり眠りについた。