再会
仕事を終え、ビルの外に出ると、奇妙な格好をした子供が待ち構えていた。頭部を覆う白い布、変わった形の羽のような飾り、巻き付けられたマントのようなもの。あの日、屋上で出会った不思議な男の子だ。
彼は、私の姿を捉えると、つかつかと歩み寄った。
「久しぶりだね。松風初音さん」
私はその場に立ち尽くした。心臓がどくどくと音を立てる。
「ルチアーノ……さん……?」
どう呼んでいいのか分からなくて、曖昧な呼び掛けになってしまう。この子はどう見ても人間ではない。名前を教えただけで、勤め先と帰宅時間まで把握できる相手なのだ。
私が戸惑っていると、彼はからかうように笑った。
「暇だったら、一緒に来てくれるかな」
ペリドットの瞳が、真っ直ぐに私を射貫く。拒否権なんて始めから無さそうだった。私が頷くと、彼は私を先導して歩き出した。
彼に導かれて向かった先は、シティの繁華街だった。平日の夕方なのに人で溢れ返っている。不思議な格好をした子供が歩いていても、町を行く人々は気にする素振りも見せない。人混みを掻き分けて、彼は先へ先へと進んだ。
「どこに向かってるの?」
私が尋ねると、彼はにやにやと笑って言う。
「着いてからのお楽しみだよ」
彼は人の間をすり抜けると、箱型の建物に入っていった。私も駆け足で追いかける。建物に足を踏み入れると、賑やかな音楽が耳を刺す。どうやら、ゲームセンターのようだ。
「さあ、どれから調べようかな」
そう言うと、彼は近くにあったゲームの筐体にコインを入れた。
それは、デュエルモンスターズのアーケードゲームだった。コンピュータと対戦し、勝利することで次のステージに進んでいくシステムのようだ。
楽しそうに笑いながら、彼は次々とステージをクリアしていく。その姿は、年相応の子供のようだった。
「君もやってみなよ」
隣の筐体を示して、彼は言う。
「私は、いいかな……」
私はデュエルがあまり得意ではない。強いカードなんて分からないし、チェーンのことなんてさっぱりだ。
「いいから、やりなよ」
強い力で引きずられて、筐体の前に座らされる。ここでも、拒否権は無いらしい。
私はボタンに手を伸ばすと、画面とにらめっこを始めた。結果は散々で、初級ステージすらクリアできなかった。
「今度は、僕の言う通りに進めてみなよ」
そう言って、彼は追加のコインを入れる。
指示に従って筐体のボタンを操作する。モンスターの召喚、効果の発動、魔法・罠の発動のタイミング。彼のカード捌きには無駄が無い。次々とステージをクリアして、最終ステージを攻略した。
「すごい……」
「別に、褒められるほどのことじゃないよ」
そうは言っているが、どことなく嬉しそうだ。
「次はあれをやろうぜ」
彼が指差したのは、別の筐体だった。どうやらこっちは詰めデュエルのようだ。
彼は椅子に飛び乗ると、鮮やかな手付きでゲームを進めていく。私も、隣の筐体でゲームを始めた。
さっきのデュエルを思い出しながら、考える。モンスターの召喚、効果の発動、魔法・罠の発動のタイミング……。まだ分からないことだらけだが、少しは上手くなった気がする。
「さっきよりはマシになったんじゃない?」
初心者レベルだけどね、と付け足して、少年は笑う。
「デュエルって、こんなに楽しかったんだ」
私は呟いた。隣で彼がきひひと笑った。
ゲームセンターを出ると、外は暗くなり始めていた。不思議な男の子と二人で町を歩く。大通りを逸れると、食べ物の店が並ぶ通りに入った。
不意に彼が足を止めた。視線の先には、たこ焼きの屋台がある。
「たこ焼き、好きなの?」
私が聞くと、彼はぶっきらぼうに答えた。
「別に」
視線を反らして歩きだそうとする。
「待って」
私は、そんな彼を引き留めた。
「嫌じゃなかったら、食べていこうよ」
このまま帰るのは嫌だった。私と彼の繋がりはとても薄い。次があるのかさえ分からないのだ。
「どうしてもって言うなら、付き合ってあげてもいいよ」
素直に提案を受け入れてくれた。やっぱり、たこ焼きが好きなのかもしれない。
ベンチに並んで座る。特に何かを話すわけではない。ただ、一緒に食事をするだけだ。それでも、私は幸せだった。好きな人と一緒にいられるのだから。
あの日、ビルの屋上で彼に出会って本当に良かった。あの出会いがなければ、私はどうなっていたか分からない。
そう考えて、あることに気がついた。
──今の私たちって、周りから見たらデートみたいなんじゃないかな
体温が上がる。心臓がどくどくと音を立てる。
「どうしたの、顔赤いよ」
からかうように笑いながら、彼は言う。
生きてて良かったと、心から思った。
「今日は楽しかったよ」
別れ際に、彼はそう言った。
「私も、楽しかった」
「今度はもっと面白いことを教えてやるから、楽しみにしててよ」
「待ってる」
そうして、不思議な男の子は人混みの中に姿を消した。
きっと、彼は私を試していたのだ。交遊を続けるのに相応しい人間かを見定めていたのだろう。
彼は、『次は』と言った。そう言ったからには、次があるのだろう。私は彼の試験をクリアした。少なくとも、そう信じたかった。
次は、いったい何をするのだろう。楽しみに思いながら、私は軽い足取りで帰路についた。
彼は、私の姿を捉えると、つかつかと歩み寄った。
「久しぶりだね。松風初音さん」
私はその場に立ち尽くした。心臓がどくどくと音を立てる。
「ルチアーノ……さん……?」
どう呼んでいいのか分からなくて、曖昧な呼び掛けになってしまう。この子はどう見ても人間ではない。名前を教えただけで、勤め先と帰宅時間まで把握できる相手なのだ。
私が戸惑っていると、彼はからかうように笑った。
「暇だったら、一緒に来てくれるかな」
ペリドットの瞳が、真っ直ぐに私を射貫く。拒否権なんて始めから無さそうだった。私が頷くと、彼は私を先導して歩き出した。
彼に導かれて向かった先は、シティの繁華街だった。平日の夕方なのに人で溢れ返っている。不思議な格好をした子供が歩いていても、町を行く人々は気にする素振りも見せない。人混みを掻き分けて、彼は先へ先へと進んだ。
「どこに向かってるの?」
私が尋ねると、彼はにやにやと笑って言う。
「着いてからのお楽しみだよ」
彼は人の間をすり抜けると、箱型の建物に入っていった。私も駆け足で追いかける。建物に足を踏み入れると、賑やかな音楽が耳を刺す。どうやら、ゲームセンターのようだ。
「さあ、どれから調べようかな」
そう言うと、彼は近くにあったゲームの筐体にコインを入れた。
それは、デュエルモンスターズのアーケードゲームだった。コンピュータと対戦し、勝利することで次のステージに進んでいくシステムのようだ。
楽しそうに笑いながら、彼は次々とステージをクリアしていく。その姿は、年相応の子供のようだった。
「君もやってみなよ」
隣の筐体を示して、彼は言う。
「私は、いいかな……」
私はデュエルがあまり得意ではない。強いカードなんて分からないし、チェーンのことなんてさっぱりだ。
「いいから、やりなよ」
強い力で引きずられて、筐体の前に座らされる。ここでも、拒否権は無いらしい。
私はボタンに手を伸ばすと、画面とにらめっこを始めた。結果は散々で、初級ステージすらクリアできなかった。
「今度は、僕の言う通りに進めてみなよ」
そう言って、彼は追加のコインを入れる。
指示に従って筐体のボタンを操作する。モンスターの召喚、効果の発動、魔法・罠の発動のタイミング。彼のカード捌きには無駄が無い。次々とステージをクリアして、最終ステージを攻略した。
「すごい……」
「別に、褒められるほどのことじゃないよ」
そうは言っているが、どことなく嬉しそうだ。
「次はあれをやろうぜ」
彼が指差したのは、別の筐体だった。どうやらこっちは詰めデュエルのようだ。
彼は椅子に飛び乗ると、鮮やかな手付きでゲームを進めていく。私も、隣の筐体でゲームを始めた。
さっきのデュエルを思い出しながら、考える。モンスターの召喚、効果の発動、魔法・罠の発動のタイミング……。まだ分からないことだらけだが、少しは上手くなった気がする。
「さっきよりはマシになったんじゃない?」
初心者レベルだけどね、と付け足して、少年は笑う。
「デュエルって、こんなに楽しかったんだ」
私は呟いた。隣で彼がきひひと笑った。
ゲームセンターを出ると、外は暗くなり始めていた。不思議な男の子と二人で町を歩く。大通りを逸れると、食べ物の店が並ぶ通りに入った。
不意に彼が足を止めた。視線の先には、たこ焼きの屋台がある。
「たこ焼き、好きなの?」
私が聞くと、彼はぶっきらぼうに答えた。
「別に」
視線を反らして歩きだそうとする。
「待って」
私は、そんな彼を引き留めた。
「嫌じゃなかったら、食べていこうよ」
このまま帰るのは嫌だった。私と彼の繋がりはとても薄い。次があるのかさえ分からないのだ。
「どうしてもって言うなら、付き合ってあげてもいいよ」
素直に提案を受け入れてくれた。やっぱり、たこ焼きが好きなのかもしれない。
ベンチに並んで座る。特に何かを話すわけではない。ただ、一緒に食事をするだけだ。それでも、私は幸せだった。好きな人と一緒にいられるのだから。
あの日、ビルの屋上で彼に出会って本当に良かった。あの出会いがなければ、私はどうなっていたか分からない。
そう考えて、あることに気がついた。
──今の私たちって、周りから見たらデートみたいなんじゃないかな
体温が上がる。心臓がどくどくと音を立てる。
「どうしたの、顔赤いよ」
からかうように笑いながら、彼は言う。
生きてて良かったと、心から思った。
「今日は楽しかったよ」
別れ際に、彼はそう言った。
「私も、楽しかった」
「今度はもっと面白いことを教えてやるから、楽しみにしててよ」
「待ってる」
そうして、不思議な男の子は人混みの中に姿を消した。
きっと、彼は私を試していたのだ。交遊を続けるのに相応しい人間かを見定めていたのだろう。
彼は、『次は』と言った。そう言ったからには、次があるのだろう。私は彼の試験をクリアした。少なくとも、そう信じたかった。
次は、いったい何をするのだろう。楽しみに思いながら、私は軽い足取りで帰路についた。