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香水

 部屋の中に、淡い光が瞬いた。人の気配と共に、微かにいつもとは違う香りが漂う。振り返ると、スーツに身を包んだ男の子の姿があった。
「やあ、元気にしてたかい?」
 私に向かって左手を上げると、男の子はにやりと笑う。かっちりとした服装とは不釣り合いの、いたずらを計画する子供みたいな態度だ。妙にアンバランスで、でも、美しい光景だった。
「どうしたの、それ」
 尋ねると、彼はきひひと甲高い声を上げた。私の方に歩み寄ると、くるりと回って全身を見せる。
「これかい? 別に、正装なんて珍しくないだろ。僕は治安維持局の長官なんだから」
 からかうように顔を近づけると、彼はさらに声を上げる。ふわりといい匂いが漂って、私の鼻をくすぐった。すっぱくて、爽やかで、どこか大人っぽい、不思議な香りだった。
「いい匂い、する……」
「香水をつけてるからな。紳士の嗜みだぜ」
 私が呟くと、彼はすぐに返事をした。平然と言っているが、彼の見た目は小学生の男の子そのものなのだ。香水の大人っぽい匂いは、その容姿とはどこかアンバランスでさえある。何回も顔を合わせているはずなのに、全く知らない人みたいだった。
「まあ、君のことだから、香水とは縁の無い生活をしてるんだろうな。もっと身の回りに気を使えよ」
 しれっと失礼なことを言いながら、彼は私の隣に腰を下ろす。服と肌が擦れる度に、ふわりといい匂いが漂った。慣れない香水の匂いは、すごく不思議なものに感じられる。何度か鼻をひくつかせていると、彼は不快そうに眉をしかめた。
「いつまで嗅いでるんだよ、変態」
「だって、不思議な匂いだから」
 答える声は、少し弱々しくなってしまう。いくら嗅ぎ慣れてないからといって、人の纏っている匂いを嗅ぐのは失礼だろう。そう思っていると、不意に顔を近づけられた。
「気になるなら、もっと嗅いでもいいんだぜ。これも社会勉強だ」
 小学生の容姿をした男の子に社会勉強を語られるなんて変な話だが、私は黙って受け入れることにした。私の回りには、香水をつけている男性なんてほとんどいない。男性向けの香水そのものが珍しかったのだ。
 震える手で彼の腕を掴むと、そっと顔を近づける。何度か息を吸い込むと、香水の香りが漂ってきた。酸っぱくて、爽やかで、ほんのりと甘い香りだ。静かに息を吸い込んでいると、上から声が聞こえてきた。
「ほら、もっと近づきなよ」
 強引に服を引っ張られ、首筋に顔が近づく。鼻を貫く匂いが、さっきよりも強くなった。
「触ってもいいんだぜ。今日だけは許してやる」
 楽しそうに笑いながら、彼はからかうように言葉を吐く。彼のこんな気まぐれは珍しい。いつもは、一方的にいたずらをするだけなのだから。
 緊張を押さえつけながら、彼の首筋に顔を近づける。シャツの襟に顔を埋めると、肺にいい匂いが入り込んできた。強い匂いに侵されて、頭がくらくらする。顔を離そうとすると、強引に腕を回された。
「んっ……」
 抵抗しようとするが、腕力では彼に敵わない。背後からの圧力で、上手く息ができなかった。必死に吸い込んだ空気も、香水の匂いに侵された甘い劇薬だ。目を白黒させながら、私はその空気を吸い込んだ。
 しばらくすると、ようやく手を離してくれた。肩で息をしながら、必死に新鮮な空気を吸い込む。その場に崩れ落ちながら前を見上げると、その男の子はにやにやと笑みを浮かべていた。
「ひひっ。満身創痍って感じだな。抱擁されるのは好きなんじゃなかったのか」
「今のは、無理……」
 息も絶え絶えになりながら、私はなんとか言葉を吐く。香水の過剰摂取は、本当に劇薬だ。死ぬんじゃないかと思った。
 私を見下ろす男の子は、妙に色っぽい笑顔を浮かべていた。目を細めながら口元を歪めて、余裕の表情で私を見ている。さっきは不釣り合いに感じていたスーツも、今は良く似合っているように見えた。外見こそは男の子だけど、彼は大人と変わらないのだ。
「次は、もっといいことをしてやるよ。覚悟しな」
 にやにやと笑みを浮かべながら、彼は私の服に手をかける。これから起きることを予感して、身体がじんわりと熱を持った。何をされるのか分からないほど、私は子供では無いのだ。
「やだ……」
 ふわふわした頭で答えるが、彼は甲高い声で笑っただけだった。ブラウスのボタンを外すと、その奥へと手を伸ばしていく。
「拒否権はないぜ。大人しく受け入れな」
 彼が身体を揺らす度に、ふわりといい香りが漂う。子供とは思えないほどの色気に襲われながら、私はその手に身を委ねた。
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