長い旅〜プテリュクス〜
長い回廊の中、ディアプレオだけ嬉々として歩いていた。
プテリュクスの挨拶を済ませた事で、念願叶い、とても清々しいのだと云う。
ハクランは眠っているリルルを背負い、リルルに卵を背負わせて歩いた。
荷物は星渡の腰についている小さな鞄に収められている。
小さい鞄で空間魔法の収納容量が大きいものは、優れた魔力を誇示している。
ハクランは契約以降、ディアプレオにリルルを触らせなかった。
回廊の中、ディアプレオは様々な話をした。
『ディアプレオ・タ・アストリア』を、とある星の小さな国の言葉に置き換えたのが愛称なので、以後、『星渡(セイト)』と呼ぶように、とも云った。
その言葉がとても気に入っているのだとか。その星についても長い説明があったが、ハクランの耳に殆ど入らない。
星渡は特別おしゃべりなわけではないが、今のハクランには誰かの声が五月蝿く聞こえる。
一番聞きたい人の声を今日も聞いていないからだ。
かなり歩いた。
洞窟で外の様子は見えないが、恐らくもうすぐ日が沈む。
回廊の出口が目前のところに、隠し扉がある。
そこが今日の宿場。
目的の時間より大幅に遅れたが、何とか到着した。
羽衣で開く扉を、星渡が開き中の状況を確認した。
「大丈夫、この時期はまだ竜族も来ないですから。中で暖まりましょう」
星渡は中に入ると脇にあった暖炉に火を灯した。
中はかなり広い。
ここの空間魔法は魔道具だとアルトゥアに聞いている。
左脇に暖炉。奥には壁に沿って二段のベッドが張り付き、暖炉の前に敷かれた分厚い絨毯に散らばったクッション。
右側に机と長椅子がある。
星渡はランプや蝋燭、全てに火を一瞬で灯して部屋を明るくした。
天井には沈みゆく太陽がいる。
これも魔法で、外の景色を投影させたものらしい。
それから星渡は、リルルの背中の卵を下ろすのを手伝い、リルルの羽衣を取って卵に巻いた。
ハクランはリルルを一度、テーブルの椅子に座らせて、星渡からリルルの鞄を受け取ると、鞄から雲の布団を出してベッドに敷き詰めた。
『鞄を取り出す』役目を終えた星渡がじっと卵を見つめ微笑んでいるので、ハクランは、雲の布団にリルルを寝かせながら、何がそんなに面白いのかと聞いた。
「ご存知ないですか?この卵、女王の卵ですよ」
「女王?」
怪訝な顔を向けられた星渡が小さく吐息を漏らして、ゆっくりと話し始めた。
「この星の女王が誕生する時、竜の女王も次の女王になる卵を産むんです」
「それは聖国史か?なら、まだ習ってない」
リルルを寝かせたハクランは暖炉の前に座って体を温める。
その様子を見ていた星渡は、リルルの側まで歩いて行った。
「近づくな」
ハクランは目を吊り上げ睨みつけた。
けれど効果はなく、星渡は涼しい笑顔で「卵を返すだけ」だと云い、羽衣で巻いた卵をリルルの腕の中に置いた。
リルルは寝返りを打ちながら、大切そうに卵を抱いた。
「リルル様は、『忌み子』ではないですよ。寧ろ、歴代の女王より素晴らしい可能性があるのです。」
星渡は火の側に屈んで、腰にバックから鍋と水を取り出して火にかけた。
「もし、忌み子なら、女王は卵を産まなかったでしょう。けれど竜の女王は卵を産み、卵もまた聖国の時期女王を求めた」
「偶然だろ?」
火の側で野菜を切り始めた星渡へ向けて言葉を投げつけたが、にこりと笑って交わされる。
この男にはどんな言葉も通用しないのではないかとさえ思えてきた。
「偶然はあり得ません。知っての通り、この世界の者は精霊の加護が得られます。そして女王の側に使えるもの程より強い幻獣の加護が着くのです。女王も例外ではない」
沸き始めたお湯に、切った野菜を入れ、また野菜を切るを繰り返しながら続けた。
「聖国ルナの女王には幻獣の郷の王、竜の女王が加護となります。ですが、その昔一度だけ『忌み子』が生まれた女王の代がありました。その時、竜の女王は卵を産まなかったと『記憶の泉』で読みました」
『記憶の泉』とは、幻獣達が記す書物のようなもので、幻獣の郷にある泉。
幻獣達はその泉を利用して、情報の共有を行ったり、過去からの知らせを受け取るのだと、グイネアに教わったのを、ハクランは思い出す。
全ての野菜を切り終えたのか、今度は何かの粉を入れて混ぜ始める。
「その女王の代は長く続かず、『星道』は乱れ生命の誕生が絶たれた闇の時代だと伝承に残っています」
尊く、とても大切なものを見る目でリルルに視線を向けた。
「リルル様も同じなのだと皆が考えています。けれど・・・」
鍋の蓋を閉めて、ハクランに向き直ると「プテリュクスだけは知っています」と強く訴えるように云い放った。
「プテリュクスだけは、一眼見た瞬間から使えるべき女王であると知っているのです。それは竜の女王も同じ」
ハクランにとって、そんな話は信用に値しない。
アルトゥアから聞いていた。リルルは親から命を狙われアルトゥアが逃さなければ、今頃ここには居ないのだと。
歩けない程重い手枷と足枷。それでもアルトゥア、グイネアとマーサの愛情を受けて毎日笑顔で過ごした。
たとえ愛情を受けていても、夜は一変する。
眠るのに、枷が擦れて声を殺して泣いていた事もあった。
体に傷がついても、自身の魔力を制御する為鍛錬している姿も。
腹が立つ。
本当に現女王の側近達のような存在なら何故今になってやって来たのか。
現女王のプテリュクス達は、幼い頃からずっと一緒だったと聞く。
王家の力なら、もっと楽に力を抑えられたかもしれない。それにー
「何でだ?リルルが生まれた時、何故プテリュクスは現れなかった?プテリュクスのあんたが名乗り出ていればリルルは今頃っ」
ハクランは震える手を押さえて、云いかけた言葉を飲み込んだ。
もし、リルルが王族として育てられていたらとの考えに辿り着くと、背筋に虫が這うような感覚に襲われた。
出会うことすら無かっただろう。
アルトゥア、グイネア、マーサにさえも出会えていない。
浅はかにも程がある。
今迄の幸せは、リルルの犠牲の上に成り立っていたのだ。そして今の今迄、その幸せを取り返そうとしていた自分に、嫌悪と苛立ちが押し寄せる。
暫くハクランの苦しみを見つめた後、似た感覚だと星渡は告げた。
「知られてしまうのです。リルル様の力も我々の力も安定しない内に、プテリュクスの挨拶をすれば直ぐに竜騎士に気づかれてしまいます」
鍋の蓋を取って、大きなスプーンで混ぜながら、更に絶望のような微笑みを落とした。
「プテリュクスの挨拶はただ配下に着く儀式だけではなく、互いの力を増幅させてしまうので、押さえきれない魔力量により、竜騎士に見つかります。それに、増幅した力によって、自分の身を滅ぼす可能性もある。
そんな事になれば、リル様は永遠にプテリュクスを失って『闇の時代』再来となっていたかもしれない」
鍋を混ぜていた手が止まり、力無くにこう云った。
「それはとても耐えられません」
なので、『待つ』という苦しい罰を、『一緒に受ける』選択をしたのだと云った。
「なら、さっきのプテリュクスの挨拶で竜騎士に見つかったんじゃー」
立ち上がったハクランに、星渡は笑顔を向けてからリルルを見つめた。
「上手くいきました。制御魔法の得意なアルトゥアさんよりも、ね」
ハクランは意味がわからず、星渡の見つめる先のリルルを見た。
特に変わった様子はない。
星渡の言葉をもう一度頭に巡らせる。
プテリュクスの挨拶の後、疲れていたから気づかなかったが、リルルが随分軽かったような?そんな気がしなくもない。
慌ててリルルに駆け寄り、グイネアのブローチで確認をするが問題はない。
雲の布団を捲り、体を確認する。首も手も体も、何も問題ない。
が、一つだけ。
先ほどは気づかなかったが足枷の代わりに呪符の紋様があった。
ハクランはその紋様を見て、アルトゥアの持ってきた腕輪を思い出す。
「この魔力封じの腕輪・・・」
「・・・私とて、遊んでいたわけではありません」
リルルを守る為、とても厳しい道のりを経て、漸く辿り着いたのだと云いたげだった。
暫く鍋を見つめていた星渡は、鍋が噴き上がるのに気付き、慌てて鍋を火からおろした。
「さぁ、温かいうちに食べましょう」
腰の鞄から食器の入った巾着を取り出し、手際よくお皿に盛り付ける。
ハクランに暖炉の側に座るよう促し、スプーンとスープをに渡した。
「・・・い」
ハクランが声を発する前に星渡はズズズと音を立ててスープを啜った。
「何も入っていませんよ。見ていたでしょう?それに自分で云うのも何ですが美味しいですよ」
嫌味なほど美しい笑顔に、ハクランはスープを見た。
見た目はマーサの作る野菜スープ。足りないのは迷いの森の薬草『ディディ』だけのようだ。
ハクランは乾燥、粉砕しておいたディディを鞄から出すと、スープに入れた。
ディディの香ばしくツンとした香りが広がった。
首を傾げる星渡に、迷った挙句に手渡した。
「マーサの隠し味でスープが上手くなるし、疲れを取るのと魔法防御の力も発揮出来る」
星渡は珍しそうに眺めた。
「へぇー。初めて見ました。ディディですね?」
ディディは迷いの森でしか採取出来ない貴重なもので、高値取引される。
公爵家だと云うこの男なら見たことがあるだろうと思っていたのだが、、、
どうやら貴族というのは、食物に於いて、食べた事はあるが、原型を見た事が無いという生き物らしい。
「こんな貴重なもの、いいのですか?」
ハクランはスープを忙しなく口に運びながら頷いた。
「では、ありがたくいただきます」と云ってディディをかけ、星渡は食事を楽しんだ。
ハクランは、火はここで炊く予定にしていたので、一昨日の夜からまともに食事をしていなかった分を取り戻すようにスープを口に運んだ。
食事の後、星渡はリルルに浄化の魔法をかけ、簡易的な入浴をさせた。
ハクランは暖炉の火が活用された風呂へ入る為、暖炉脇にかけられた梯子を使って2階へ上がった。
上がって直ぐ左手に部屋がある。その部屋が暖炉の直ぐ真上になっていて、煙突の煙が、二重底になっている風呂釜の底を回ってから、窓の外へ排出される構造になっている。
二重底の風呂釜も魔道具で、少しの熱で40℃に保たれるようになっているのだと、アルトゥアの教えにあった。
お湯は常に浄化されるよう、浴槽の底には石が敷き詰められている。
一般家庭のお風呂はこれが主流なのだ。
リルルが気になり、さっと洗って出たが、それでも2日ぶりの風呂は、張り詰めた緊張を漸く和らげた。
ハクランがハシゴから降りてくると、星渡はベッドに結界を張って、寝顔をとても大切そうに見つめていた。
星渡は、ハクランが風呂から出た事に気づき、風呂へ向かった。
ハクランは、この部屋の入り口に、魔道具で鍵をかけた。
翡翠の作った魔道具で、家の鍵を使うことができるようになっている。鍵の色も変わらず輝いている。
それから、鞄を持ってリルルのベッドに上がり、枕元に座った。
近くに置いた鞄から自分の雲布団を出して包まる。天井を見ると、瞬く星々が優しく光っていた。
リルルの呼吸は、心地の良い拍子を刻んでいる。
明日には、いつものリルルに戻ってくれるだろうか?そんな事をぼんやり考えていると、いつのまにか眠っていた。
グイネアの作る朝食の匂いに誘われて、ハクランが目を覚ますと、天井は真っ白になっていた。
どうやら氷の季節は予想より早く到来したようだ。
座ったまま眠っていたが、雲布団のお陰で体は楽だった。
側ではリルルが卵を抱いたまま、まだ眠っている。
グイネアが朝食によく作ってくれた『コクーン』の乳粥の香りが、体を目覚めさせた。
『コクーン』は一般的な家庭用の比較的大人しい魔物で、乗り物にとして飼われたり、その乳は栄養が高く飲み物や加工品としても重宝されている。
筋肉質過ぎて、硬すぎる肉は食すのは向かない魔物。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「・・・ああ。顔洗ってくる」
星渡は粥を皿に移し、焼いておいたコカトリスの卵を乗せた。その上に、薬草の甘草漬を乗せると、丁度ハクラムが身支度を整えて降りきた。
その朝食を見たハクランは呟いた。
「まるでグイネアの料理だな」
「アルさんから、ネアさんの献立を沢山いただいて練習しましたから」
星渡は当然のように言い放った。
ハクランはため息を漏らした。
どうやら、この男のリルルへの『大切』さは、アルトゥア達が向ける『大切』と同じようだった。
ハクランはカウチに座って食事を取ろうとした時、突然、ドアをノックされる音がした。
ハクランは立ち上がり、腰に下げた剣へ手を伸ばす。
星渡は、ドアに手を翳しながら、ハクランの側にゆっくり寄って、耳打ちする。
「ここへの道中、探知機を仕掛けているのに反応がありませんでした。気をつけてください」
ハクランは頷き、そっと扉に近づく。
近づくのと同時、昨夜魔道具で掛けておいた鍵が開けられた。
翡翠の作った魔法を開けられるのは、相当な魔法の使い手、或いは・・・
「ハク様?いらっしゃいますか?」
本人だ。
扉の向こうから声がハッキリと聞こえる。
聞き馴染みのある声に、ハクランは念の為剣を抜いてから扉を開けた。
そこに立っていたのは、翡翠だった。
ハクランは翡翠に剣を向けた。
「な、んで?」
ハクランの問いに、翡翠は嬉しそうな悲しそうな表情で肩を落とした。
「グイネア様が、逃がしてくれたました」
そう呟くと悔しそうに、翡翠は唇を噛んだ。
ハクランは聞きたいことが溢れ出し、混乱した。竜騎士に属する魔法使いには、姿形を変えるのが得意な者もいると聞く。けれど、目の前の翡翠はどう見てもよく知る翡翠だった。
サラリと流れる美しい翠の髪は、センターで分けられ、薄い翠から濃い翠で彩られた美しい虹彩は、真っ直ぐこちらを見つめている。
一昨日別れた時とは異なり、泥がついているものの、清潔感のあるシャツはピッタリと細身の体に沿っている。
必死に頭を回転させ、本人かどうか確かめるべく、鍵を胸元から取り出し翡翠に翳した。
すると、鍵は神々しく翠に輝き光を放つ。
暫くすると光は落ち着き、リルルの側に付いていた星渡が声をかけた。
「本人、で、間違いないようですね」
その言葉に、ハクランは体内の息を全て吐き出し、翡翠を抱きしめた。
「無事で良かった」
抱きしめられた翡翠は、涙を流し、声にならない声で「それは私の言葉です」と云った。
翡翠に何があったのか?
天井を見ると、雪が強くなってきているため、理由を聞くより、3人は出発を急ぐ事にした。
翡翠は顔も服も汚れている。体を風呂で洗い流させ、コクーンの乳粥を食べた。
星渡と翡翠の魔力を使って、眠りから醒めないリルルに栄養を送り、3人は目の色を変えた。
目の中に『光虹彩』と呼ばれる色彩を持つものは、『高貴な者』とされていて、とても目立つ。
星渡や翡翠のように魔力が高かったりする為、目立つのだと云う。
街に溶け込める様、行商の服に着替え、ハクランはリルル抱き上げ、ソファに下ろすと、マーサの手作りの防寒のワンピースを着せて卵を背負わせた。
星渡が云うには、卵とリルルは一緒にしている方がいいそうだ。
卵の上から、昨日より厚めのフードを着せて、しっかりと前のリボンを閉めた。
手にも手袋。足には生を全うした魔物の毛皮で作られたブーツを履かせた。
翡翠が空間魔法で鞄などを、星渡同様、腰につけた小さなバッグに入れてくれた。
回廊を出るとグラスランド王国とギャレイクシア王国の国境を越える事になる。
そのままリルルを背負って国境である長い回廊の出口を括ると、そこは白銀の世界だった。
星渡が先頭を歩き、その後をハクランが続いて歩いた。翡翠は最後尾を、小さな風魔法で足跡を消しながら歩いた。
小雪の樹林帯を歩いた。歩くにつれ、周りの樹木が大きくなっていく。そのお陰で、殆ど雪に当てられず済んだが、昼食まで後少しの所で、『門番の村』に辿り着いた時、いよいよ本格的な雪が降り出した。
道中、翡翠に何があったのかを聞くと、ハクラン達が地下に逃げた後、アルトゥアが竜騎士の相手をしている間、グイネアとマルサルと、リルルの痕跡を消し、いざ参戦しようとした所で、グイネアにリルルを守って欲しいと頼まれ、箪笥に閉じ込められたと云う。
グイネアが『よし』とするまで内側から扉を開けられず、外から開けられても服にしか見えない、グイネアが編み出した生活魔法だった為、直ぐには追いかけることが出来なかったと話した。
そもそも、竜騎士は貴族であるアルトゥアとグイネアを探していたので、翡翠の存在は知られていないから逃げるよう云われたとの事だった。
翌日、ようやく解放された翡翠は箪笥から出たが、魔法の痕跡を追跡されないよう、徒歩と記憶で迷いの森に入った為、時間がかかったのだと云った。
その話を聞いて、ハクランは今ひとつしっくりこなかったが、アルトゥア達の安全が確保されているならと、少し安堵した。
星渡は、リルルが生きている事を隠す為に、3人は努力してきたし、丁度潮時だったと云った事に、翡翠も賛同していた。
ハクランだけが会話に置いていかれた気がしたが、3人が無事である情報だけで、今は満たされた。
大樹の中に家を構える『門番の村』『アラグノール』は、その名の通り、幻獣の郷への『門番』の役割をしている。
『アラグノール』とは古語で、『荒ら狂う炎』という意味のある戦士の村。
ここに住むのはエルフルや妖精と呼ばれる者たち。
村とはいえ、僭越された武軍たちの住まう村で、安易には陥落出来ない構造となっている。
普段、民家は大樹の根元にあり、万が一奇襲など起きた時、家は大樹の中を移動し、根を伝って木から木へと移動し、何処からでも奇襲軍を返り討ちにするのだと云う。
大樹は竜の業火でも焼けない特殊な樹液で覆われていて、この大樹そのものが『精霊』と呼ばれる種族だと本に書いてあったことを、ハクランはいつも思い出す。
まだ実際に動いてる所を見たことはない。
今は何も無いので、木の根本から大きな一軒家が半分でいるのが、道沿いに並んでいて、各家の煙突からは煙や湯気が上がっている。
氷の季節に外を出歩いているのは、冬の精霊とエルフルという種族が殆どとなるため、今は外界からの者が少ない。
冒険者や行商が、情報を得る為に訪れる事で貿易や商売が成り立つが、氷の季節真っ只中は、この村は完全に閉ざされる。
氷の季節は幻獣達の出産時期。
神経質になる幻獣達を守る為と、雪も深くなる道中で命を落とす者が出るので、エルフル族は道中を閉ざす事にしたのだとか。
雪が降り始めたので、閉ざされるのも数日中の可能性がある。
星渡は慣れた様子で村の食事処『方舟』へ入っていき、長椅子のある席を選んでハクランを誘導した。
翡翠が鞄から雲の布団を長椅子に合わせて敷いて、リルルのローブを脱がせ、卵を下ろし、布とローブで卵を隠した。
リルルを寝かせている間、カウンターで星渡がエルフル族と何か話していた。
ハクランもローブを翡翠に脱がせてもらって、長椅子に座るとリルルの頭を自分の膝の上に乗せ、周りを見渡した。
店内は落ち着いた雰囲気で、暖炉に焚べられた薪の香りがより落ち着く。
店員もお客も殆どがエルフル族。耳が長く色が白く整った顔立ちを持つものが多い。
服装も得意的で、殆どが土色の服に胸当てが付き、腰には細い革ベルトが何本か巻かれている。
ローブは濃く深い緑で、金色の長い髪がよく目立つ。
エルフル族は接近戦を好まない。
返り血が穢れを招き、神聖なる幻獣を守れなくなるからだとアルトゥアが云っていた。
このお店にはアルトゥアとよく来たが、食べるメニューはいつも決まってー
「はいよ。焼いたコカトリスのコクーン滑らかチーズがけ」
エルフル族の『ユンノ』が両手に料理と水差し、コップをお盆に乗せていつもの笑顔でやってきた。
「お久しぶりです。ユンノさん」
翡翠は直ぐに挨拶をした。
ユンノはまだ二千年ほどしか生きていないエルフルで、エルフル族には珍しい筋肉質だった。
茶色いノースリーブの服から伸びている腕には布が巻かれ、筋肉を抑制する事で、生活の中でも筋力を付けられるようにしている。
美しい金色の髪は、根本から細かくほそく編み込まれ、一つに纏められている。
その髪型には、多彩で小さな装飾品が散りばめられて、結んだ紐にはコカトリスの羽がぶら下がっていた。
伝統的な御守りらしい。
さすがエルフル族、美しい顔立ちに黄緑の眼球だけなら、誰もが手に入れたくなるかもしれないが、顔に合わない体つきと、、、
「なんだいハクラン?あたいの事忘れちゃったの?」
この古臭い話し方で、未だ婚期を逃しているらしい。
「い、いや、まだ注文していない」
ハクランは少し緊張しながら云うと、ユンノは翡翠にも同じ料理を渡し、水を入れながら舌打ちを数回させる。
「どうせあんたこのメニューしか食べんだろ?『方舟の看板娘』にはお見通しなんだよ」
ハクランにとって苦手なユンノ前に、少し汗が滲む。目の前の翡翠は、にこにこ微笑みながら、ハクランとユンノのやり取りを見ていた。
得意げだった顔のユンノの顔が、ハクランの膝に視線を落として驚く。
「ん?その子、寝てんの?」
「あ、ああ。前に話したことあっただろ?『アルトゥアの子ども』で、俺たちと一緒に勉強してるって」
「なるほどねぇ、あんたも『そんな歳』になったんだなぁ」
どこか馬鹿にするように口の端を上げたユンノが、ニヤニヤしながら手を振り、去って行った。
入れ替わって星渡が、コカトリの串焼きを手に戻ってきた。
「閉村は明日になるそうです。予定は遅れますが、今日はこの村に泊まりましょう。この後吹雪になるそうです」
「では到着がかなり遅れるのでは?」
翡翠は動かしていたフォークとナイフを止めて星渡に聞いた。
「ええ、なので、今晩、族長の所へ行ってコクーンをお借りできるよう手配しましたので、明日の夜には街の入り口に到着できますよ」
「それに、村に残っている行商達に紛れ込めると云うことですね?」
「はい」
星渡は笑顔で答え、そのままハクランに問う。
「何か心配事でも?」
ハクランは食べ終えて口を翡翠に手渡された布で拭いた。
「リルはいつ目覚める?」
今は、翡翠がうまく隠しているローブの下の卵。
それを指さして星渡はため息混じりに呟いた。
「卵次第ですね」
「卵?」
「本来、主人は卵と共に育つので、卵は主人の魔力を受けすでに孵化している筈ですが、そうでなかった卵がこれまでの魔力を取り戻す様に吸い取ったんです」
「それって、封印されたリル様の魔力を吸い取れば、魔力切れになりませんか?」
「翡翠さんのおっしゃる通りです。卵がどれ程の魔力を必要としているのかが不明です」
ハクランは星渡の言葉を聞いて、力無く云った。
「眠って、魔力を回復させては吸い取れて、また眠ってを繰り返してるから目覚めない」
「ええ。恐らく卵は今季に孵るつもりなのだと思います。封印している魔力を解放すれば目覚めるかもしれませんが、この道中で魔力を一部解放させるのは危険です」
「ポルークス様もいらっしゃればどうですか?」
益々俯くハクランに、翡翠は食い入る様に星渡に訪ねた。
星渡は翡翠の必死さににっこり笑って、翡翠の頬をそっと撫でた。
「あなたはいい従者ですね」と小さく云ったあと「ポルークス様もアルトゥア様と同様、封印魔法は得意ですから、きっとうまくいきますよ」
その言葉に、ハクランの表情が少し和らぐのを見て、翡翠は胸を撫で下ろした。
食後、4人はそのまま食事処『方舟』の 2階の宿にリルルを寝かせた。
少し休憩した後夕食まで時間があった為、ハクランは、翡翠にリルルを任せて、星渡と共に古代図書館へ向かった。
そこで数冊の本を借り、専用の返却袋を購入した。返却袋があればいつでも何処でも返却できる。
そこで星渡とは別れて、ハクランは路銀の回収に、星渡は族長の所へ向かった。
冬の精霊は、透き通るほどの白い肌に、時折氷の粒がキラキラと光っている。蒼く薄いドレスをひらひらと風に靡かせ、踊りながら歩いている。
ハクランとは対照的だった。
しっかりフードを被らなければ、頬に突き刺さり痛みがある外気温は、日が暮れるにつれ景色の藍を濃くさせていく。
この星には『魔ギルド』と呼ばれる、殆どの人が所属しているギルドに着いた。
魔法を使えるものは、ここに登録をしておけば仕事がもらえる。
ハクランは魔力がない為、魔ギルドへの登録ができない為、『冒険者ギルド』と『行商ギルド』に登録をしている。
回復薬に使える薬草のみどちらでも買い取って貰える。
薬草を買い取って貰うのともう一つ、路銀の為に魔ギルドへやってきたハクランは受付へ足を向けた。
「シルヴァさんは居ますか?」
氷の季節は冬の精霊、シルヴァさんに路銀を受け取る手筈になっている。
受付の冬の精霊とは別の所から回答が返ってきた。
「あら?あなたアルトゥアさんとよく一緒に来てた子ね?シルヴァならさっき退勤したわよ?」
エルフル族の受付のお姉さんが、ひょこっと顔を覗かせて云った。
「そうですか。では、この薬草買い取りを」
エルフル族の受付のお姉さんはそのまま「変わるわ」と同僚の冬の精霊に云って、買取の手続きをしてくれた。
「返すわね、『冒険者ギルドの登録証』」
そう云ってエルフル族の受付のお姉さんは吐息を漏らす。
「それにしても、相変わらず貴重な物ばかりで助かるわ。明日に閉村ってさっき聞いたから、余計にありがたいの」
その人はルルフと名乗った。シルヴァとは幼馴染なのだとか。
「はい、間違いなかったらそこに名前を書いてくれるかしら?」
「わかった」
銀を用意しながら、ルルフは思い出したと云った。
「そういえば、シルヴァが『方舟』に行くって云っていたわね。もしかして行き違いだったんじゃ無い?」
「分かりました」
「ああ!それとユンノに最後の依頼、早く受けに来てって伝えてもらってもいい?」
ハクランはお金の入った袋を受け取って、わかったと答えて魔ギルドを後にした。
宿に戻ると、ユンノが待ち構えていた。
「シルヴァが来てるよ。奥の部屋用意したから使いな」
「わかった」
フードを脱いで、ルルフに頼まれていた伝言を伝えた。
「ルルフっていうエルフルが、最後の依頼受けに来いって云ってた」
「うげっ!」
何か潰れる音を聞いた気がしたが、ハクランは無視して方舟に入った。
夕食の時間が近いのか、お客が増えていた。
客をかき分け、2階へ上がる階段の下の部屋に入ると、シルヴァが座っていた。
「あらぁ、ようやく来たのね?久しぶり」
鈴が鳴るような高く澄んだ声が出迎えた。
「お久しぶりです」
長く透き通った蒼い髪がふわりと波打って、雪に近い白肌はほんのり頬が桃色に染まっている。
何層にも重なった氷の様な切れ長の蒼い瞳が、弧を描く。
「まぁ、随分と凛々しくなっちゃって。前回村に来たのはいつだったかしら?そんなに経ってないと思ったのだけれど?」
氷の入ったグラスを傾けて、ノースリーブのドレスからズリ落ちた布を直しながら座るように促した。
その一方、ハクランは外よりフードを深く被る。
冬の精霊の為に設けられたこの部屋は、ハクランにはとても寒い。
「そんなに経ってませんよ」
氷で作られた机に、冷たそうな料理が並んでいる。シルヴァの向かいの氷の椅子に座ったハクランは、路銀の話をするとシルヴァは悲しそうな表情を浮かべた。
「ーそれで、あの人は?」
シルヴァの云うあの人とは、アルトゥアの事だろう。
「どうしているか分からない」
グイネアはブローチで分かるが、アルトゥアとマルサルの無事に確証は無い。
「・・・そう。明日には閉村でしょ?外界の情報が絶たれちゃうじゃない?」
寂しそうにグラスを見つめて、シルヴァは路銀の入った袋を出した。
「それともう一つ」
「シェルン?」
差し出されたシェルンは濃い桃色をしている。
「もし、あの人の事が分かったら教えて欲しいの」
ハクランはシェルンを強く握った。
「ーどんな状態でも?」
シルヴァは一瞬息を止めたが、直ぐにふうっと息を吐き、呟くように「ええ」と云った。
「ハクラン、どんな事があっても、大切なものは絶対に手放しちゃダメよ?あたしみたいに、なっちゃいけないのよ」
そう云ってシルヴァはボトルのお酒をグラスについだ。魔ギルドにいる時のシルヴァは妖艶で、冒険者や情報屋を視線だけで操っていた。
ここに居るのは弱りきった見たことのないシルヴァ。
ふっと顔を上げて、もう一つお願いがあると云ってきた。
「ハクラン、少しでいいの。リルちゃんに会わせてくれないかしら?」
ハクランは頷いて、2階の部屋へ案内する事にした。
一方、ハクランと別れた星渡は、族長の家へ着いていた。
村の中でも一際大きな大樹の根本に大きな半分だけ出た家。
長い机の端と端に、族長アグラディアと星渡は向き合って座っていた。机の上には立派な茶器と菓子が並んでいる。
アグラディアの前には妻エルミアと、その子供たち。
息子で次期当主のイシリオン。そして最近とても凛々しい顔立ちになった息子アルファリオンだった。
アグラディアはエルフル族の族長としてはまだ任期が短いが、とても有能で精霊王達からも一目を置かれている。
「精霊王からも打診されていて困っていたんだ。アルファリオンを連れて行ってくれないか?」
コクーンを借りにきたのに、先ほどからその話しかしていない。
リルルの事を考えると、目立つ行動が出来ない事くらい、エルフル族には承知の上だろう。
何せ精霊達がいる。村を閉じない限り、この星に散り散りに住む精霊達は常に交信が行える。
先読みもある程度出来ると聞く。
そして、先読みをした内容はエルフル族でさえ中々教えてもらえないのだと云う。
初めは断る姿勢だった星渡は、時間と共に負けつつあった。
それに、これ程粘ると云うことは、もう、先が見えているのだろうと思い始めていた。
「現聖国女王を裏切る行為になるかもしれませんよ?」
星渡は、最後の確認を入れた。
アグラディアはお茶を一口飲み、力強く星渡を見た。
「そんな事にはならないさ。あの方こそ聖国を欺いていらっしゃるやもしれない」
「どういう意味ですか?」
「私はね。卵が生まれていることも知っている。それに、子を疎む親がどこに居よう?女王はきっと、民の不安を拭い去る手段がなく、国王の行った事を知らぬ振りをなさっているのではないかと思っているのだよ」
アグラディアとエルミアは見つめ合って頷いた。
「アルファリオン様はよろしいのですか?かなり過酷な旅になるかと思いますよ?」
星渡の質問に、じっと会話を聞いていたアルファリオンがしっかりとした口調で答えた。
「はい。兄のように立派な戦士になって、この村を守る兄を支えたいのです」
その勇敢な言葉に、アグラディアは更に続けた。
「精霊王達は、次期当主のイシリオンではなく、アルファリオンを旅に出せとの申し出を、ここ数日強く求められた。きっと何かの由縁なのだと私は考えている」
星渡は暫く考え込んだ。
聖国ルナの女王には会ったことがない。
族長は、聖王の側近でもあり、唯一お側に支えるのは四季の中でも1季だけで良いとされている得意的な側近ではあるが、それだけ信頼も厚いという事。
近くで聖王の妻である、女王を知る者でもある。
星渡は小さく息を吐いた。
半ば、根負けである。
「分かりました。では、今晩は家族と過ごす最後の夜になるでしょう。明朝、迎えに参ります。アルファリオン様、安易な旅にはならないと思います。厳重にお支度をお願いします」
アルファリオンは頬を染めて喜んだ。
星渡がコクーン二頭と荷車を借りて方舟に戻ると、ユンノに横抱きにされたシルヴァが、ユニコーンに乗せられるところだった。
「ユンノさんと、シルヴァさん?」
「アルトゥアから貰える『弟の情報』が途絶えるから心配ンなってヤケ酒ときた」
「なるほど」
「だぁ!何食ったらこんな乳の重量になるんだか!」
暴言を吐きながらも丁寧にユニコーンにシルヴァを乗せ、魔法でユニコーンに括り付けた。
「こんなでも、『冬の精霊の王女様』なんだから一応落ちなぇようにしないとな!」
そう云って、ユニコーンを見送った。
シルヴァの話はポルークスに聞いていた。弟で皇子のフェアロスは、幼くして精霊王に旅に出されたと。王女は精霊王の冷酷さに嫌気がさし、そのまま城をでて、魔ギルドの受付係になったらしい。
弟の無事を知る為、猛勉強し、最短で試験に受かったとか。
「親父、貸してくれたんだな」
「ああ、娘によろしくと云っていましたよ?」
こちらもこちらで、ユンノはエルフル族の族長の長女で、前妻との間にできた娘なのだとか。
男が生まれなかった幼少期、父の後を継ぐ努力をしたが、エルフル族だけがかかる病で母を亡くし、後妻を取った途端、後継が2人も生まれるという切ない運命を辿っている娘。
「そういえば、アルファリオン君と一緒に旅する事になりましたよ」
「嘘だろ?あんのクソ親父ども!閉村したらシルヴァと毎日飲み明かしてやる!」
ふがぁー!という、聞いたことの無い声を上げながら、ドカドカと方舟に入って入ったユンノは、振り返って云った。
「コクーンはあっちの小屋に!風呂は沸いてるぞ!」
そう云って扉を勢いよく閉じた。
星渡は、「ははは」と力無く笑った。
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