旅立ち


墓前から帰っても、リルルはぐっすり眠っているままだった。
安らかに眠っている顔を見ると安堵した。
いつもの寝顔。
たまに、パーティーをして夜遅くなる事があった。
そんな日はリルルの部屋の床で、翡翠と一緒に眠った。
部屋なら空間魔法で疲れるが、作らなかったのはきっとアルトゥアとグイネアの配慮だろうと翡翠は云っていた。
翡翠とは、生まれに差がない筈だが、とても大人びたことを云う時がある。実際、ハクランがその意味を今でもわかっていない。

出会ってから、毎日共に過ごしてきた筈なのに、今の彼女は初対面のように感じる。

ハクランはソファのすぐそばに腰を下ろし、リルルの頬に手を軽く添えると、リルルが手に擦り寄ってきた。
グイネアかアルトゥアと勘違いをしているのだろう。
その柔らかな頬の感触と暖かさ、リルルの寝息が心地よい安らぎを与えてくれる。

日が昇る頃には今まで通りになるよう願いながら、仮眠を取った。





世が明ける前、目が覚めた。
アルトゥアの家の前で、毎朝笑顔で出迎えてくれていたリルルを思い浮かべてソファを覗き込むと、焦点が合わない虚な彼女が天井を見つめていた。
寝不足の体がとても重く感じる。


彼女の顔をタオルで拭いて、お手洗いへ連れて行った。
流石に中まで共に出来ない。この様子だと出てこないかもと心配したが、暫くすると扉が開いて、出てきたかと思うと手を洗い、虚なままソファへと戻って行った。
まるでそういう人形のように見えた。

ここにリルルはいない。

一度そう見えてしまうと、己の中にも空虚さが広がって行く。首を振って、リルルの手を握った。

暖かい。ここにリルルはいる。


翡翠が携帯用に作っていた干し芋と木の実で作った果汁入りの飲み物を口に入れると、何とか全て飲み干してくれた。



街までは2日かかる。
リルルの状態を考えると、早くて3日だろうか。
美しい桃色の髪を2つに纏めて、無理やり鞄を背負わせ、マントをきっちり着せて、フードも被らせた。

外は確実に昨日よりも寒くなっている。
あと3、4日もすれば、雪が積もり始める。それまでには街に辿り着きたい。
昨日用意していた鞄を背負い、腰にアルトゥアに貰った真剣を下げると、ハクランはリルルの手を取った。


「行こう。みんなを助けに」


薄暗い中、スズランタンを腰に下げて、
迷いの森は、地図の上で今日も元気に動き回っている。普段は何も感じないが、今日ばかりは迷惑極まりない。
アルトゥアと翡翠無しで歩くこのルートは、歩き慣れている訳ではないし、移動魔法が使えないのだから、不安にもなる。
それでも、地図の中に『追手』は見受けられない事で不安は安心はと変わった。


リルルは、相変わらず反応がなく、空を仰いだまま歩いている。
それでも、よく眠ったからなのか昨日より足取りがしっかりしていた。
たまに薬草を見つけては声をかけてみるものの、反応がない。
リルルは薬草学が好きだった。
念のためリルルの持ってきた薬草全集を取り出し、目の前でページを捲っても反応がない。

迷いの森は、時間によって変化をする。
同じ時間に同じ動きをする訳ではないため、一度入ると出て来られなくなるのだ。
その変わり、日々新しい薬草が採取できる。
上手く行けば、珍しい薬草にも出会える。
そして街では薬にもお金にもなるので、今後のことを考えると採取しておく事に迷いはないが、生きる為だけに採取するというのは、とても苦痛な作業だと初めて知った。

ハクランは少しずつ、1人で集めながら、リルルの手を引いて歩いた。



何度も地図を確かめて、無事に森を抜ける事ができた。

森を抜けると生き物を寄せ付けないと言われる幻獣の里『シュレイム山』

『シュレイム』とは『誰も入れない』という意味を持つに相応しい険しい山。
山の中では強力な魔法が使えないので、ハクランが身を隠すのに好条件。
街へは街道があるが、敢えて通らないルートをアルトゥアが教えてくれた。


森の出口には見上げても終わりの見えない岩壁。
この山の頂には火口があり、そこに幻獣たちの里がある。
里へ行くにも、街へ行くにも岩壁の隠し扉の中へ進まなければならい。

ハクランは胸元から翡翠が作った家の鍵を出した。
翡翠色の鍵は光を放っている。つまり翡翠はまだ無事だということ。
ブローチも反応がない。
小さな吐息を漏らすと、再び胸元へ隠した。



ここまで来るのに半日。

リルルを丁度いい岩に座らせ、休憩を取る。
もう一度翡翠お手製の、干し芋と木の実の飲み物を口に当てると、何とか飲んでくれた。

森を抜けたというのに薄暗く、今にも雪が降りそうな雲が分厚く空を覆っている。

ハクランは昼食を取る前に、頭一つほどの岩を持ち上げて、岩の下に掘られた穴から新たな地図とお金を回収する。
街への道中、あと5か所は回収予定。
これもアルトゥアと翡翠と事前に準備していた事。

今思えばアルトゥアは、万一の事を話していたが、こうなる日が来るのを知っていたのかもしれない。
続いて自身の昼食と銀細工の『火吹き』を取り出した。


昼食には木の実を花の蜜とミルクで固めた簡易食を食べてすぐに出発した。
火を起こすと竜騎士に見つかるかもしれない。

火を起こせないので、陽が高いうちになるべく早く今日の宿場予定地に到着する必要がある。


新しい地図の間に挟んで置いた虹色の羽衣を取り出して、リルルと自分の首に巻く。

岩壁の中へ入る為の『鍵』になっている虹の羽衣は、幻獣が生まれる時のために、母親が作る寝所。
この羽衣があれば『幻獣の郷』への扉が開く。
竜騎士は、一頭の竜と親密にならなければその背に乗ることが出来ないが、それでも簡単に羽衣を手にすることはできない。
そんな希少な物。なぜアルトゥアが持っているのか聞いてみたが、『とても立派な竜族に貰った』と云った。


扉の開く場所に手を片手で触れると、巨大な壁がふっと消えた。

中は深い暗闇。
闇の中、手探りで突起を見つけて、先ほど取り出した銀細工の『火吹き』を取り出し突起に向けて、火吹きに息を吹き込む。
突起に火が灯ると同時に、ふっと入り口が閉ざされた。

その瞬間、迷いの森の地図が騒がしくなった事に、ハクランは気づかなかったー



中に入ると地熱でとても暖かい。
「リルル、上着を脱ごう。この先は暖かいから」

ハクランはローブを脱がせて、羽衣を正しく羽織らせ、自身も身なりを整えて、鞄に片付けた。

そうしている間に、一度ついた灯りは次々と長い回廊の先まで点火して行き、明るくなる。
リルルの手を引いて、明るい回廊を歩く。

『竜の加護による回廊の明かりは、竜族達が幻獣の里に訪れる為に作ったんだよ』

風が抜ける音以外、静かな回廊。アルトゥアの言葉を思い出す。

『竜族に会えるのですか?』
翡翠が聞いた。
『そうだね。時期が良ければ会えるさ。でも今は会えない。竜は卵を温めている頃だから』
ハクランも興味を持って聞いた。
『温めている時はどうして会えないの?』
『それはな。氷の季節終わり頃に、竜の卵が孵る。卵の中には私たちと同じ人の形のモノがごく僅かに生まれる。初めは竜の姿をしているが成長と共に人の形に変われるモノも居る』

アルトゥアは2人と手を繋いだ。
大きな手は温かく、剣や薪割りオノでついたマメがカサカサしていた。

『成長と共に人の姿になれる竜は力も魔力も強い』

そう云ってハクランと繋いだ手を引き上げた。

『が、人の姿で卵から孵るモノはとても弱い。だから竜族は巣立ちの時にそのモノを竜族の一員として迎えにくるんだ』

今度は翡翠の手を引き上げた。
引き上げられた翡翠が続けて聞いた。

『そんなに弱いのですか?』

アルトゥアはニッコリ笑って翡翠の頭を撫でた。

『だから竜族が鍛錬をするんだよ。竜のままでいる親と同じ力に戻す為の鍛錬なんだ。それはとてもとても厳しい鍛錬なんだ。だから、ただの竜より強くなる。そうして竜族は幻獣の郷を守っているんだよ』

そんな3人で通った時の会話を思い出しながら回廊を歩くと、あっという間に最初の分岐に出た。
一人だったなら、この回廊はかなり長かったに違いない。

左に階段が続いていて、幻獣の郷に続く。
右には回廊が続いており、目指す『ギャレイクシア王国』の辺境、『ポラリウム』の街に出る。

ハクランは地図を取り出し、入念に確認し終えると、鞄を背中から下ろし、飲み水を取り出した。
翡翠の魔道具であるこのリュックは空間魔法が施されていて家10軒は入る容量はある。
マーサが縫ってくれた防水の柔らかい水入れの蓋を開け、木で掘ったカップに水を注ぐ。

水をリルルに渡そうと振り返るとそこに居るはずのリルルの姿が無い。
「リル?」
辺りを見回しても視界の範囲にリルルの姿が、、、


無い。


ハクランの血の気が一瞬にして引き、握力も低下して、カップは手の中から滑り落ちた。

街へ続く回廊方面見た。長い回廊は真っ直ぐ続いて、逆算して、例え走れたとしても回廊の先にまだ姿が確認できるはず。
通ってきた道もまた然り。
幻獣の郷に続く階段は数段先から右へ折れているので、先が見えない。
瞬時に判断したハクランは、鞄を置いたまま階段を駆け上がった。

判断は正しく、数十段上がった先の死角となった場所にリルルを見つけた。
ハクランは駆け寄って、何かがおかしいことに気づいた。

『デスフッド』

『呪いの樹木』とも呼ばれる木の根が、リルルに絡みついていた。
リルルの腕の中には竜の卵。
絡み取られた竜の卵を助けようとしたのだろうか?今の彼女はそんな考えを持ち合わせているのか?
疑問と同時に対処方法も考える。

『デスフッドは竜の卵を狙って、地上で枝を伸ばして卵を盗む。盗んだ卵を幹の中に吸収して、地下にある木の根まで送って氷の季節の食料にする』

アルトゥアの言葉が反芻する。

その間にもリルルと卵はどんどんと木の根に絡み取られていく。
ハクランは腰の剣に手を当てる。
『剣で立ち向かおうとしては駄目だよ』
ふと、会話の続きを思い出し、剣から手を離す。
手には汗が滲む。

『以外にも、デスフッドの弱点はー』

『「火』だ!」

アルトゥアの言葉に被せるように声となった考えは、体を動かす動力となった。
鞄を取りに振り返った瞬間、誰かに抱き寄せられ耳元で囁かれた。

「このまま伏せて」

少し低いその声はそのまま火魔法を詠唱した。
背中から熱波が伝わり、その熱量の恐ろしさにハクラムは伏せた体を起こして頭を持ち上げた。

「やめろ!リルルが中にいるだ!」

見知らぬその者は、夜空のように漆黒のサラリとした髪が、熱風で四方八方靡かせて、無表情のまま杖も持たずに魔法を放っていた。
そんなハクランを無視するかのように、デスフッドの方向へ手を翳したまま、業火を放出している。

「やめろ!」

再度言い放ち、その者の腕にしがみ付こうとした時、漆黒の闇に縁取られた濃い藍色の眼球が、ハクランを見下ろし柔らかく笑った。

「大丈夫ですよ。傷つけたりはしません」
その美しい目に涙が滲んでいるように見える。

「やっと会えた『主人(あるじ)』に危害を加えるなど!絶対に有り得ません。
だからこそ詠唱しました。気が散るので少しだけ大人しくしていて下さいね?」

語尾は強いがその顔は喜びと愛おしさの混じる笑顔だった。

魔法は基本、杖を持って詠唱するのが一般的。
けれど、例外がある。
ごく稀に、無詠唱で魔法が唱えられる物がいる。各王国の国王は特に例外で、杖なし、無詠唱で魔法が使える。
それに、ここは『シュレイム山』の回廊。魔法は使えない筈。

「あと少しで、竜の火炎と同じ温度になります。『彼の方』が落ちるので受け止めて下さい!」

その者に背中を押され、前のめりになりながら、階段を駆け上がる。

業火の熱を感じず、体を見ると、薄い氷膜が張られている。
どうやらこっちは無詠唱で魔法を放っていたようだ。
ふと見上げると、リルルの体にもキラキラ光る粒が見えたと同時に、業火に焼かれた木の根はあっさりリルルの体を手放した。

回廊の天井は5メートルはあるだろう。
天井スレスレまで引き上げられていたリルルの体が一気に落下する。


ハクランは必死で受け止め、リルルを抱きしめたまま動けなくなった。


思えば、トルシカが生を全うしてから、日々の生活はとても賑やかになった。
墓場にトルシカを埋葬した時は1人で生きていくつもりだったのに、いつの間にか知ってしまった『家族』の温もりは、こんなにも恐ろしいものなのだと、改めて実感した。

リルルの心が壊れてしまった理由も。

ハクランはリルルさえいれば、多少の辛さは乗り切れると思っていた。
けれど、失っていたかもしれないと想像すると、体は震えが止まらなくなる。


そんなハクランに、青年はそっと近づき、自身のローブを脱いで2人にかけた。


「もう大丈夫ですよ。」

ハクランは震える体を何とか奮い立たせ立ち上がった。
「代わりましょうか?」
両手を差し出されたが、ハクランは更に手に力を込めて首を横に振った。

青年は、「分かりました。」というと、ハクランに階段を降りるよう促し、先に降りて行った。

この者の罠かもしれない。
そもそもシュレイム山で魔法が使えるという事は、並外れた者で、警戒するなと云われても身構える。

リルルは卵を抱きしめたまま、寝息を立てている。
デスフッドの出す樹液には、催眠作用がある。
罠だとしても、今は一旦鞄までは戻らなければ、魔法が使えるこの者に、ハクランは、魔道具無しで戦えない。
ただ、魔道具があったにせよ、生活魔道具しか使えないこの回廊で、この男に勝てるとも思えない。

その者に続いて一歩一歩、丁寧に段差を降りる。
その間、敵だった場合に対処できる作戦を幾つか考え、リルルを担ぎ上げて体制に変えた。

鞄まで戻ると、青年が踵を返すのと同時に、ハクランの抜いた剣は、青年の首元に押し当てていた。

青年は、驚く事もなく静かに云った。
「失礼致しました。ご挨拶がまだでしたね。私の名前は『ディアプレオ・タ・アストリア・ルナ』と云います。」

片手で抱いていたリルルがズリ落ちそうになるが、まだ気は抜けない。必要な情報と証拠がない。

「ポルークス様の弟子です。お二人を迎えにいくよう命じられました。これはポルークス様に渡された証拠です。」

胸元から手紙を取り出し、ハクランに差し出した。

夜を切り取ったような美しい青緑がかった黒髪を一つに束ねたこの青年。
顔のパーツがとてもバランスよく配置されている。
少し吊り上がった目元と眉は凛々しいが、優しが滲み出ている。

竜騎士のようなピッチりとした詰襟で膝丈まであるある外套は動きやすいよう腰からしたが縦にカットされ、動くたびに揺れる。腰に巻かれたベルトには、短剣と銃。
小さな鞄を後ろに下げている。
ゆとりのあるパンツは、脹脛までのブーツでボリュームが抑えられ、センターは綺麗にプレスされ、ブーツは綺麗に磨かれている。

外套もパンツも白に美しい銀と艶のある藍色の刺繍が施されていて、清楚さが増していた。

ディアプレオに出された手紙をハクランは剣の上に載せるよう促した。

ディアプレオに剣を向けたまま、ゆっくりリルルを床に下ろし、鞄を枕にし、それから手紙と剣を引き寄せた。
鞄の口に手を当てて、魔法をいつでも返せるように用心すると、ディアプレオはにこりと微笑んで背を向けてハクランとリルルから距離を取った。

手紙には翡翠の印があった。
印には特殊な魔法がかけられているので、同じ魔法使いの作った開封魔法でなけば開かないか、宛名の者に渡ると自動で開封される。
全ては送り主次第。
無理に開こうものなら、燃えて廃となるか、羽を生やして飛んで逃げてしまう。

印も開封も魔道具で行う事もできるが、全ては対とならければならない。

ハクランは胸元から翡翠の鍵を取り出し翳した。

すると印は光って、張り付いていた封筒が開く。
間違いなく翡翠の印。

中の手紙はアルトゥアの文字だった。
それも、3人で作った暗号文。そこには、リルルの『従者』が見つかった。名前はディアプレオで、ギャレイクシア王国、アステリア公爵の長男なのだと書いてあった。

ハクランは、念のため、目の前のディアプレオを上から下までじっくり見た。
それを証明するかのような身なりの良さだ。
聖国ルナでは、歴代の女王には十三の国の従者が居た。
それは国を代表する国王で、常に女王の側で仕え、共にこの宇宙の創造をする。

ギャレイクシア王国の国王は、現女王のそばに仕え、弟がギャレイクシア王国を納めている。
そうしてこの星も、この宇宙も成り立っている。
そして女王の『従者』は『プテリュクス』と呼び、誰になるのかは全く分からない。
女王と従者だけがわかるのだという。

「品評はどうですか?」

背中を向けたままディアプレオは腕を組んでハクラムに問う。

「それでプテリュクスってのは余程役立たずなんだな。こんなになるまで、リルルを」

云い終わる前に遮れた。

「それは違いますよ」

その声は先ほどまでとは違って低い声だった。
けれど、深呼吸をして振り返ったディアプレオは先ほどと変わらず静かに云った。


「『プテリュクス』はとても厄介なものです。気づかなければ何も感じませんが、一目でも出会ってしまうと、体が主人を求める。ギャラアクシア国王が『呪いのようなものだ』と笑っていたのが良くわかるほどですよ」

顔は笑っているがその目には憂いがあった。

「それは、竜族が伴侶に出逢えた時と同じなのでは無いでしょか?」

ハクランも同じ気持ちでは無いかと問われた気がして、その意図が掴めず、「竜族に聞いてみなければ分からない」と返しておいた。

「少なくとも、歴代のプテリュクスはその因果に逆らってみたくなるようですが、私は違いました。彼女の従者になりたいと懇願した程です。」

するとディアプレオはゆっくりリルルに近づいて「まぁ、今は知らなくても構いません」と云った。

「そろそろ『プテリュクスの挨拶』をさせて頂いてもいいでしょうか?」

『プテリュクスの挨拶』とは、契約だ。

契約を交わさなければ、心の渇きに耐えられず、狂うという。
伝承の『忌子』は、従者が現れなかった。
たった1人だけ現れた従者は、他の従者が現れない事が正しき女王では無いといい、契約をしないよう抗い、最後は物事の判別が付かないまま、生を全うしたと伝わっている。


リルルは伝承通りにならない為、数々の苦しみを耐えてきたが、この者は伝承の従者とは異なり、彼女を守りたいと申し出たのだ。

ハクランは暫く手紙を見つめて考えた。
手紙には続きがあった。
『今はまだ、合わせる事ができないが、この手紙が開封されたのなら、きっとその時だよ。ハクラン、リルルを頼んだよ』と書かれている。

ハクランは何度もその文字を読んで、小さく息を吐いた。

「わかった」


返事と同時にディアプレオは魔法を発動させた。
金色と銀色に輝く美しい魔法は、時折スパークさせながら、ディアプレオの目の高さまでリルルを浮かせた。

何か小さな声で呪文を唱え、そのまま、リルルの額に唇を落とした。

2人の接点から金と銀の光が眩しい程飛び出し、ハクランは目を開けていられなくなった。
眩い光線の中、腕で顔を覆う前、ディアプレオの頬に波が流れているように見えたが、それが涙だったのか定かでは無かった。



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