めくるめくテニスをしよう
ーーーあきらめるなよ!
病気になってから久しぶりに、まだ幼かったキミの声をよく思い出したよ。
病院のベッドの上で痛いとき、苦しいとき、こわいとき、小さかったキミが14になった俺に泣きながらお願いするんだよ。
そのまま大きくなった今のキミは、やっぱりあきらめずに這い上がってきたね。そんなにボロボロになってまで勝ち取りたいキミのテニスってどんなものだろうな。
小さなキミの声に励まされてなんとかここまでやってこれたけど、この先はどうかな。
これからは自分自身のために、なんて偉そうな事をいいながら、帰って来たキミを見つけた瞬間、うれしくて仕方なかったよ。
一度放したこの手を繋げるわけないのにな。
それなのに、力の入らない冷たいこの体に感じる温もりはやっぱり…
「なんだ…簡単にもどって来るなよ意気地なし」
瞼を開けなくてもわかる。不安そうな顔。
ひとりで進め。この合宿が別れ道だ。
俺はお前にいろいろ教えてもらったけど、何ひとつ活かせないまま相変わらず五感を奪うテニスをしてる。
面と向かって誰も止めてくれないんだから大目にみてくれないか。
それとも俺も赤也みたいに、新しい境地を開けたらいいんだろうか…
こみ上げてくるものがあって、なんとか真田の腕の中から逃げ出すと、こらえきれずに少し吐いた。
手を差し伸べようとした真田を先に制したのは幸村ではなかった。
「そこまで」
突然の黒部コーチのひと声が、幸村と真田の心の距離を遠くした。
「君はこのまま合宿所に戻りなさい」
「しかし…」
「こんな時は大人に任せるべきです」
たじろぐ真田に、畳み掛ける黒部コーチの声は冷たい。
「行きなさい。走れば門限に間に合います。間に合わなければ脱落です」
薄れゆく意識の中で、幸村は2人の会話を聞いていた。遠慮しないで早く行けと心で叫ぶ。
「彼の体の事は承知しています。少し休めば心配ありません。またラケットを握れるでしょう」
「…幸村をよろしくお願いします」
霞む視界の中に見たのは、帽子を取って深々と頭を下げる友の姿だった。
心を動かされた幸村がわずかに手を差し出して、気づいた真田がそれに応じようとした時、
「さあ、早く行くのです」
幸村の体は黒部コーチに横抱きにされて、さりげなく真田の手は遠ざけられた。
「真っ直ぐな彼とあなたの卑怯なテニス。理想を見せつけられて辛いですか」
力強く地を蹴って走り去る足音はよく耳に届くのに、耳元の黒部コーチの声は聞こえなかった。
「私はあなたのテニス、おもしろくて好きですけどね」