犬も歩けば棒にあたる

おまけ (28あり)


すっかり寝そびれた幸村と真田は、散歩に出かけた。連休中の早朝だ。人通りはない。

「ところで、どうやってゲンから真田にもどったんだ?」

向かいからやって来た散歩中の犬を見ながら、幸村が聞いた。

「うむ。名前を呼んでもらう事が条件だったのだ」

リスクの高い条件に幸村はびっくりした。

「それじゃあ、俺が呼ばなかったら…」

普段呼ばない真田の名前を心の内でつぶやいて、照れくさくなった。
人間真田を前にしては、簡単ではなさそうだ。

「願わくは、いつでも呼んでくれても…」

いい気になった真田を遮ったのは、珍しい人物だった。
何かを呼び立てながら曲がり角から飛び出して来たのは、柳生だった。
二人を認めると、息を切らして泣きそうな声で、

「あぁ…幸村くん、真田くん」

よろよろと壁に手を付いて、おはようございますと力なく挨拶した。

「この辺りで、白くてふわふわの可愛らしい猫を見ませんでしたか」

白というよりまるで銀糸のような毛色をした綺麗な猫の写真を見て、

「尻尾の先までふわりとして気品がある猫だね。吸い込まれそうないい眼をしている」

幸村が褒めると、柳生は嬉しそうにうなずき、真田はむすっとしてそっぽを向いた。

「どこに行ってしまったのでしょうか…」

家の庭に迷いこんできた猫だという。
柳生に懐いていたのに、急に落ち着かなくって飛び出してしまった。

「こんな気持ちのままでは学校に行けません。ハルちゃんの無事を確認しないと、部活も…」

「たるんどるぞ、柳生!」

「真田」

冷たい幸村の視線を受けて、思わず黙り込む真田である。
そして思い出す。

『ハルを見かけたら助けてやってくれ』

それは犬から生還した真田が、柳との約束を破って幸村に傷を付けてしまったと報告の電話を入れた時の事だ。
それも犬の状態ではなく人間としてだと恥を忍んで伝えると、

『勘違いするな。お前たちの夜の営みの事などどうでもいい。俺はゲンに忠告したのであって、弦一郎が恋人である精市をどう扱おうと俺の責任ではないからな』

呆れる柳にデータだけ取られて、赤面の至りであった。
そんな真田に、猫になった仁王がまだ戻らないからなんとかしてやれと頼まれていたのだ。

柳生を慰める幸村に、かくかくしかじかと耳打ちする。

「なあ柳生。この猫、どことなく仁王に似ているね」

「…やはりそう思いますか」

自分もそうであったように、柳生も仁王の面影を感じているはずだと幸村は確信している。
仁王はしびれを切らして距離を置いたのだろう。真田とは正反対の行動に出たわけだ。
猫らしい仁王にちょっと笑った。

「…帰ります」

「それがいい」

力なく歩く柳生を見送った。

「大丈夫さ。柳生はちゃんとわかってる。案外強情なんだよ。仁王も柳生も」

「喧嘩の仲裁に動物を使うなどたるんどるぞ」

「誰かさんよりは健全だろ」

「お前も乗り気だったではないか!」

顔を真っ赤にして迫る真田がおかしくて、両手で頬を挟んで言ってやる。

「当然だろ!」

好きなんだから。
柳生は仁王の名前を惜しみなく呼べるだろうか。
俺は当分あんな恥ずかしい名前、呼んでやらないけど。


おしまい
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