大切な…

跡部は、思ってもみない相手が突然目の前に現れた事に驚いていた。
王者立海の部長。
共に部長をしていながら、たいして接点はなかった。
勿論、互いの存在は認識している。
だが、跡部と幸村という二人の人間は、ほんの微かも交わる気がしないのだ。
例えば真田であれば、一触即発、喧嘩テニスもできるだろう。
だが幸村には、それは通じないと跡部は思っている。
テニスは未だベールに包まれているし、その容姿も相まってこちらからどう手を出したらいいのかわからない。

(あの真田も、こいつには頭が上がらないらしいじゃねぇか)

「…跡部か。ごめん」

跡部が一人で思い巡らせていると、よく通るが弱々しい声がした。
それにも少し拍子抜けして、先へ歩き出そうとする幸村の手首を無意識に掴んでいた。

「…何か用?」

接点がないから用なんてあるわけないが、きっかけが欲しかった。
咄嗟に、

「あぁ、お前んトコの仁王が樺地を…」

言いかけて幸村の顔を見れば、苦痛に顔を歪めて目には涙を溜めていた。
思わず幸村の手首を離してしまう。

「おい、大丈…」

吸い込まれるように、一歩近づく。
背丈はあまり変わらなかった。

「ごめん、先を急ぐから…」

そう言って離れて行く幸村を、ただ呆然と見送る。
まるで未知との遭遇をした後のような、不思議な感動が跡部の胸をうった。
王者立海を率いる、幸村精市という男をもっと知りたいと思った。

(カモミール…か?)

彼に近づいた時に、うっすらと香った。
その残り香に、跡部は自分でもわかる程狼狽していたが、その理由を認めざるを得なかった。

「参ったな…」

ドアにもたれ、髪を指先で弄びながら呟くと、

「あれは手強いで」

見れば、いつからそこにいたのか、隣で腕を組んで幸村が去った方向に視線を向ける忍足がいた。
何となく、今までの成り行きを見られていた事に腹が立って、

「ちっ、ほっとけ」

踵を返して、部屋に戻った。
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