犬も歩けば棒にあたる

思い立った幸村は、暗がりの中スマホを探った。光る画面に名前を見つける。

「ごめん」

『どうした。眠れないのか』

深夜にも関わらず普段と変わらない調子で電話越しの柳蓮二が、

『悩み事か』

まるで子供に寄り添う母のように話を聞いてくれる。

「ゲンが悪い事するんだよ」

『ほう…』

「でも叱れないんだ」

いまだに股ぐらに鼻面を埋めるゲンを見つめながら言った。

『心から止めさせたいのなら叱れ。ゲンは賢い。言っただろう、精市思いのいいやつだと』

「……」

『ゲンが悪さをするとは思えないのだが…いったい何に困っている?』

しきりに敏感な所をイタズラしてくるゲンの舌に、ぞくぞくが治まらない。

『精市?』

「ぁ…蓮二…」

『フ…少し疲れているのだろう。今夜はゲンがいて落ち着かないかもしれないが、いつものようにアイツを想ってやればいい。きっと眠れるはずだ。おやすみ精市』


そう、眠れない夜はいつも真田を想ってベッドに入るのが常だった。
柳は幸村と真田の特別な関係を知っている。
双方からの相談には、ときに優しくときに厳しく良き理解者として最善を導いてくれる。
でも今回に限っては問題の対象が犬なのだが、

(真田。最近誘ってくれないな…)

柳の助言にかかれば、幸村の気持ちは真田に向く。

「真田…今日のおわりに君を想うよ」

ゲンの頭を撫でて、熱っぽい眼差しを向けた。ゲンの奉仕を受けながら浅い眠りにつこうとすると、飽きてしまったのか、ゲンは立ち上がって離れてしまう。

「ゲン…」

これ以上はいらないと言われたみたいで、さみしくなる。
ゲンは机の下にまっすぐ向かって行くと、奥に顔を突っ込んで前足を使ってカリカリやっている。やがて小さな箱をくわえて幸村に見せに来た。
瞬間に赤面したのは、すぐに真田とそれを結びつけたから。こんな物の隠し場所なんて、知っているのはもちろん二人だけだ。

「…これは玩具じゃないんだよ」

遊んでほしそうに尻尾を振ってくるゲンを前にして、わびしさが身に染みた。

「真田…どうして誘ってくれないんだ」

今夜は膝を抱えて独り寝のさびしさに耐える夜になりそうだ。
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