犬も歩けば棒にあたる
一時的とはいえ夢にまでみた犬との生活だったのに、いざこうなってみると戸惑う。
犬とどうやってコミュニケーションをとろうか。
家族は三連休を利用して旅行で帰って来ないから、好き勝手できるのに。
ひとり留守番するのを心配する家族を、説得するのは骨が折れた。
でもなぜか、
―――大丈夫だよ。あ、真田も顔を出してくれるって言ってくれたし
そうでたらめを言ったら、あっさり受け入れられた。
幸村家の真田への信頼度は高い。
「俺の方がずっと真田を引っ張って来たのに。俺が部長なのに」
ゲンはお座りして、顔をちょっと傾げて、幸村の独り言を聞いているようだった。
「まあいいか。真田のおかげでゲンと楽しめそうだ」
家族にはゲンを家に迎える事はもちろん内緒だし、真田にも顔を出せなんて言っていない。
「完全に二人きりだよ、ゲン!」
ようやく実感がわいてきて、ゲンの首に抱きついた。
ゲンは初対面の幸村にも従順だった。
伏せや待てはできるし、部屋にいてもイタズラしない。
なにより、片時も離れなかった。
幸村がちょっと2階に用があればゲンも階段を追ってくるし、トイレに立てばドアの前で舌を出して待っていた。
そのうちに、トイレに先回りして入ってしまって大きい体を追い出すのに苦労したりした。
お風呂もそうだ。
幸村が服を脱ぎ始めると、ゲンは当たり前のように浴室に入って待っている。
「こら、キミはいいの」
大きい体を押して閉め出すと、ドアの外で、きゅーんくぅーん、と鼻で鳴かれて困った。
(だんだんさびしがり屋になってきたみたいだ)
一人と一匹の夜は想像していたよりも静かだ。少しだけ、家族のいない広い家がこわくなったりした。
自室のベッドに横になる。
読みかけの本を閉じて、夜空に星を探してからカーテンを引いた。
「ゲン」
呼ばずともずっとピタリとくっついているのに、ゲンを求めた。
滑らかな毛並みを撫でる。
電気を消すと、濡れたように光るゲンの瞳がこちらを見つめていた。