つまり だから ほら
いつもの帰り道をいつものように肩を並べて歩ける幸せを噛みしめる。
逃げずにいてくれた幸村を盗み見てから、真田は沈み始めた夕日に目を細めた。
(うまくいかなかったが、幸村が俺の事で思い煩ってくれていた。それがこんなにも嬉しいなんてな)
制服のズボンのポケットには、役目を果たせなかった物が隠してある。左手を突っ込んでいると、
「さっきから何いじってるんだ」
あっという間に、幸村にポケットへの侵入を許してしまう。
「…なんだ、やっぱり抱きたかったんじゃないか」
見られると恥ずかしいコンドームも、幸村が指で挟むと一段と艶めかしい。
真田は無言でいることで、肯定とした。
「いつも持ち歩いてたのか?」
無言を通す。
「いつでも俺を抱けるように?」
両手を後ろ手に組んで、隣から覗き込んでくる。わくわくしていると出る幸村の仕草だ。
子どもっぽくて可愛いが、話の内容がよくない。
「返さんか。道中だぞ」
「俺も買おうかなぁ」
何の気なしに口にした幸村を振り返った。
「なんだよ、俺だって男だ。次お前ができなかったら俺がやる」
濡れる幸村を想像したらぞっとして、鳥肌が立った。恥ずかしくて身がすくむ思いだ。
「あっは、なんだよ変な顔。想像した?そっちの俺も悪くないだろ」
「次は必ず“俺が”やるぞ!」
幸村の両肩をがっしりと掴んで向き合った。
「ぁ、うん…じゃぁ…はい」
戸惑いながら返されたコンドームは、幸村の体温が移っていた。
「あのさ、真田」
もうすぐいつもの分かれ道、言いづらそうに呼ばれて足を止めた。
「剣道の試合、見に行ってもいいかな」
「もちろんだ」
「気に入ったら俺もやってみようかな?その時は指導してくれる?」
「幸村が剣道…」
「似合わないかな」
「いや、似合うな。似合うぞ!」
「教えてくれるかい?」
「もちろんだ、ただし手加減せんぞ。覚悟しろ」
「望むところだ」
このところの幸村の中で一番明るい表情を向けてくれた。
そんな恋人を見て、改めて未遂でよかったと思った。幸村は体の繋がりこそ愛情の最上級と信じているようだが、考えてみれば今この時の幸村を楽しめる時間は短くて尊いのではないか。
そう遠くない将来、きっと真田は幸村を抱いてしまうだろう。
その後は何かが幸村を変えてしまうだろうか。変えてみたいのと、変わらないでいてほしいのと、両方願うのは欲張りか。
いよいよ沈み行く夕日が、橋の上の俺たちを影を落として照らし出す。
幸せな1日の終わりに、俺は耳を疑った。
「入院する…?」
「そう」
「…そんなに悪いのか」
「今までだましだましやってきたけど、そろそろ決着をつけようと思うんだ」
「俺は…聞いてないぞ!そんな…」
「うん、今言った」
欄干に背中をもたせかけた幸村が、急に弱々しく見えた。
「……」
「なぁ、真田はどうしてテニスをしているの?」
現実とは裏腹に、穏やかすぎる幸村の表情がこわかった。
「俺は…」
「俺にとってテニスは俺自身だ」
「それではまるで…」
「な、単純だろ?」
冗談ではない口ぶりが悲しかった。
しかし混じり気のないその例えは、“神の子”幸村だから使う事を許されるような気がした。
『剣道と俺、どっちが好きなんだよ!』
あの時わめいた幸村の測りかねる真意と、テニスは自分自身だという奥深い言葉。
俺にわかる日がくるだろうか。
「ふふ…泣くなよ。お前のファンが知ったら幻滅されるよ」
ふわりとタオルを首にかけられて、こらえきれずにあふれる涙を吸わせた。
「強くなれ、真田。もっと、もっと」
静かな口調でありながら、相手を鼓舞して仕向ける力がある。こんな風に幸村に声をかけられて、部員は感動して強くなろうと思うのだ。部長に勝利を捧げたい、誉められたい…立海テニス部の強さはここにある。
「…これを持っていてくれないか」
コンドームを渡した。
「あは、お守りのつもりかい」
「お前の都合がついたら、いつでも俺に使ってくれ」
「それはずるいな。俺から誘えって?」
「俺からは言えん。こんな…入院なんて」
「まあ、わかったよ。これをお前だと思って頑張るかな。まるで婚約指輪みたいだ」
しげしげとそれを見つめてから、幸村は自分のポケットにしまった。
「その…不謹慎かも知れんが、いつでも待っている」
「こんな事なら抱いておけばよかったって思っただろ」
「……」
「でも嬉しいよ。必ず待っていてくれ。俺がいない間、よそ見するなよ…」
寂しそうに目線を下げた幸村に、あわてて、
「ありえん!よそ見などするものか!」
俺の存在を忘れないように強く抱き込んだ。
「お前こそ…」
「ないな。俺は病室、籠の鳥だ」
「…必ず優勝メダルを届けてやる」
「あ、婚約指輪の代わりはそっちの方がいいな」
「幸村…」
「あっはは、あからさまにがっかりするなよ。心配するな。待っていてくれ。その時は…」
幸村がキスをくれた。
また涙ぐむ俺に、
「俺は泣かない。俺の分もお前が泣いてくれたからな」
時に男らしい幸村にも惚れているのだ。
「あとは頼んだよ、真田」
剣道部の優勝を見届けて、幸村は入院した。
ベンチコーチを務めたに過ぎない俺に、まるで俺が試合で勝ったみたいに喜んでくれた。
それ以上の笑顔をもらうことが、これから俺の目標になる。
end
入院告白シーン、アニメではジャージでしたね。真田大好き強めの幸村くんでした。