つまり だから ほら


「なんだかいけない事をしてるみたいだ」

利用時間外の放課後の保健室を見回した。
内鍵とカーテンを閉める真田を目で追いながら、彼の次の行動を待つだけの受け身な自分にまごつく。

(俺はいいけど、真田はこういうのは許さないはずなのにいいのかな)

ベッドに腰かけて目のやり場に困っていると、

「お前は好きだろう?少し悪い事するのも。昔からな」

胸中を見透かされたみたいでびっくりしたが、すぐ隣に真田の体重が乗っかってきたのもどきりとした。
隣に座る事くらいもう何年も何度もあったはずなのに、顔も見れなくなってしまう。
真田は汚れた足を濡らしたタオルで拭いながら、

「先に言い訳させてもらおう。俺は幸村ただひとりしか愛せない。テニスは好きで選んだ道。そこにお前がいれば当然選ぶ道に迷いなどあるものか」

どきどきしながら、真田の言い分を聞いていた。

「それと、フ、ハハ…」

突然笑い出した真田にびっくりして顔を上げる。

「俺にテニスを教わりたい?戯けた事を。お前に教えるなど百年早いわ」

「ケチ…」

「褒めるというのもあれだな…」

「もういいよ」

真田に背中を向けてごろりとベッドに横になる。 ここ最近、真田と周囲の言動を見聞きしてはむらむらとした感情が沸き起こる幸村だった。

(ほら、俺がこうやってそっぽを向くといつも真田はどうしていいかわからないんだ。結局真田が謝って俺の勝ち)

いつも通りの展開を予想して、余裕しゃくしゃくで真田が頭を下げてくるのを待つ。
瞼に浮かぶのは、幸村の欲望が生み出した未知の真田。 このままずっと見つめていたら、いつかは未完成なこの体に情けをかけてくれるだろうか。

「早く君に相応しい男になりたい」

胸に留め置くつもりが、つい口に出た。

「わかってるんだ。心も大人にならないといけないこと。だからいつも言ってしまってから後悔してる。この前も、今日だって」

「だから俺にかまわず剣道も頑張れ。本心だからな、これ」

顔と体が火照って、そこにあった枕に顔を埋めた。

「幸村」

背中に感じるのは、真田の体温と汗と道着の匂い。 その手が髪を撫でて、抱きしめられた。

「よく言えたな。大丈夫だ。お前の事は全部わかっている」

「真、田…ぇ、嘘だろ…」

抵抗する間もなく、その手はするすると下着の中へ入って目当てのものを探し当てた。

「うゎ…ぁ…やめろ…」

突然の出来事に真田の手を引き離そうとするが、気持ちの奥底ではこのまま続けてほしい欲求がある。

「やめ……!」

するとぴたりと手の動きが止まった。

(え!俺がやめろって言ったから…)

うずうずする下腹部をどうしたらいいのかわからずに、幸村はおそるおそる自分で下着の中に手を入れた。
真田の手は眠ったように動かない。

(やっぱり俺の体に幻滅したんじゃ…)

下着の中で真田の手に自分の手を重ねて、刺激してみる。 恥ずかしくて気持ちいい。 でも、いまひとつもの足りない。

(俺を放っておくなよ…)

涙ぐむ寸前、ぐいと腰を引き寄せられて、ふたりの体はさらに密着した。
ちょうど真田の股間が幸村の尻に当たっている。 それが真田の肉塊だと理解すると、驚きと愛しさが幸村の不安を払った。

「ぁ…真田、俺に興奮してくれてるのか?」

下着の中の真田の手を手のひらで擦りながら聞いてみる。
耳元で真田が生唾を飲み込んだのがわかる。

「黙っていれば…あまり可愛い事をしてくれるな」

「あのさ、今、ものすごくお前の顔が見たい」

「…ならん」

「腕、ゆるめて」

「ならん」

「力強すぎなんだよ。苦しい」

「な…!すまない」

「ふふ、俺の勝ちだ」

真田が腕の力を抜いた一瞬の隙に体を反転させてしまうと、鼻と鼻がくっつきそうな距離で向き合った。
真田は目を見開いて真っ赤な顔をしていた。

「あっは、真田かわいい」

幸村の目には、いつもよりマイナス10歳若く見えるような表情でいやいやと首を横に振る真田が、そんな風に映っている。
たまらずに真田の体に手足を絡めてぎゅうと抱きしめた。

こんな真田を見られるのは俺だけ、俺の実力の賜物だ、そんな風に思っている。
誰がどう逆立ちしても、真田弦一郎をそんな目で見る能力は持ち合わせていない。
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