つまり だから ほら
剣道大会が目前に迫るある日。
気合いの掛け声が響く道場で、ひときわ目立つ怒鳴り声は幸村を楽しませた。
(ふふ、やってるやってる)
窓から差し込む日の光が、拭き込められた床に反射してその上を力強く踏みしめる白足袋が目に眩しい。
「次!かかって来んか!」
先の一人を打ち負かして、直ぐに竹刀を構え直す真田を見つけた。
次に立ち合った部員はなかなか筋がいいようで、激しい打ち合いを続けて真田に籠手を取られて終わった。 真田相手によくやったなと感心したのも束の間、幸村の表情は曇った。
「うむ。その調子だ。今の勢いを忘れるなよ。それと」
部員に竹刀を構えさせると、背後から体を包むようにして一緒に竹刀を握って手取り足取り型を復習(さら)う。
「素振りを怠るな。期待しているぞ」
そんな風に次々に部員に接触しながら指導していく。 腕に、肩に、腰に、足に、真田の手が伸びては触れる。 背中に手を添えられて励まされたりすれば、そわそわした様子の部員もいた。
(なんだ、上手くやってるじゃないか。つまらない…)
こっそり見に来て後で冷やかしてやろうと思っていたのに、そんな気は薄れてしまった。
開け放された道場の入り口では、「真田先輩」「剣道部」「格好いい」と漏れ聞こえる会話も耳障りだ。
(…そろそろ部に戻ろう)
俺の居場所はここじゃない。
引き返そうとすると、突然歓声が上がった。 防具一式を身に付けた真田が、OBと一戦交えるという。 剣道の決着は早い。 幸村が面の下の真田の表情を気にかける暇もなく、あっという間に一本勝負が終わった。
どちらが勝ったかよくわらかない。
ただ、面を脱いだ汗みずくの真田に心を激しく揺さぶられた。
いつになく体の奥の方を突かれた気がして、 急いで道場から離れようと振り向くとすぐに人とぶつかった。
ひと言謝ろうと顔を上げたら、相手は先ほど真田に期待を寄せられていた部員だった。
そうとわかると相手が先に謝ろうとする言葉を待たずに、
「退いてくれ…!」
半ば突き飛ばすように振り切って走った。 走りながら、
(どうしたんだよ俺…!どうしてかっとなるんだ。それにこんな…)
心も、体もズキズキと痛むのだ。
頭の中に焼き付けられたのは、凛と道場に佇む真田の映像だ。
「痛い…」
下腹が。 具体的には下着の中の形態が明らかに。