つまり だから ほら
女子の内緒話はたいていよく聞こえる。
『テニス部の真田君てさ、成人まではしなさそうだよね』
『それどころか、結婚してからじゃないといたしませんって感じ』
『時代劇によくある初夜のシーンが似合いそうだよね。男女が白の肌襦袢着て向き合って…』
『そんな相手してくれる現代女性いるかな~』
『でもさ、テニスしてるけど剣道もやるでしょ。道着似合う!和服似合う!』
『なんでテニス部なんだろうね?剣道部だったら絶対部長になったよね』
補習テキストからペンを離して考えた。
『あの見た目だから、剣道の方が似合うと思うんだよね』
『彼女になる人は苦労するだろうなぁ。欲求不満になりそう』
『でもきっと一途だよ、うらやましいな』
女子の会話はそれがまるで事実であるかのようにすり替わる。
そろそろ妄想好きの雀たちには夢から覚めてもらう必要がある。
「ねぇ、ここなんだけど、わからないんだ」
6つの目が驚いたようにこちらを向いた。 さっきまでのお喋りは忘れたように黙ってしまう。
女子の反応は難しい。 まるでこちらが悪いみたいな気分にさせられるから困る。
(化学反応と同じだ。よくわかんないな)
苦手な教科になぞらえて、心の中で舌を出した。
ようやく静かになった教室に、でかい声が響く。
「幸村はいるか」
女子たちがそわそわしているのが気配でわかる。 幸村はあえてゆっくりと、もう一問解いてからペンを置く。
道着袴を身につけた真田が、真っ直ぐ射るようにこちらを見据えていた。
「教えてくれてありがとう。助かったよ」
少し笑って片手でバイバイして見せれば、一人残らずそそくさと荷物をまとめて教室を出て行った。
「何だあれは」
女子たちが走り去って行った廊下を見やる真田は不機嫌だ。
「勉強を教えてもらっていただけだよ」
幸村も無愛想に返事をする。
この時に限ってはまだ課題を続けていたかったが、捲ろうとしたページはもう無かった。 たわいない女子の会話に嫌気が差したり、そこに現れた真田の身なりひとつにイライラしたりする幸村なのだ。
「どこが解らないんだ」
汗と防具の異臭が鼻に付く。
体格の割にやさしく椅子に腰を下ろした真田がテキストに視線を落とした。
「…いいよ、終わったから」
「待て。ここは間違っているぞ」
筆記用具を片付けようとした幸村の手からペンを取ると、大人びた筆跡がテキストに書き込まれて解説を添えてくれる。
「次から俺に聞けばいい」
「じゃあ聞くけど」
「どこの問題だ」
勉強に対しても受けて立つような姿勢を示す真田に聞いてみた。
「成人まではしないって本当?」
「む…何をしない?」
幸村はプリントを裏返して、小さな文字で“sex”と書いた。
うろたえてとり乱す彼が見たかったのに、眉間のシワを深くしてため息をついただけだった。
「そういう質問には答え兼ねる」
「…そう」
「だが、何故お前がそういう質問を俺にぶつけてくるのかは聞かねばならない」
こんなとき、真田の真面目な人柄が滲み出る。
「俺たちは友達ではないはずだからな」
ペンを握る幸村の手に、手を重ねて言った。
「…そうだよ、友達じゃないからだろ。俺がおかしい?」
率直に意見してしまうほど、幸村の心情はもうずっと切羽詰まっていたのだろう。
テニス部の部長として活動している時以外は感情的になるのは幸村の方だ。
逆に真田はテニスを離れれば気持ちが静まることが多い。とりわけ幸村に対しては、大人な一面をもって向き合うのが真田だった。
だからこの日の唐突な質問にも首を横にふって、
「おかしくなどない。普通の事ではないか」
否定はせずに、幸村を安心させるように言った。
「……」
「要するに、俺との行為に興味があるのだな?」
反応を探れば、幸村は素直にうなずいた。