城主幸村を救え


音楽室に入った跡部はグランドピアノに手を触れた。まずは、立海のメンバーから離されて、すっかり機嫌を損ねた幸村をどう振り向かせるか。
無作為に選んだ譜面だったが、なかなかいい選曲だと思って鍵盤をたたいた。

Thank You for everything happy summer valentine ♪~

前触れなく始まった弾き語りに、耳を傾けた様子の幸村のちょっとした変化を跡部は見逃さない。

♪~舞い降りたキセキ
キミがくれたこの想いを大切にしたいから♪~

わざと素知らぬふりをしているのが丸見えだが、こちらも知らん顔をして通す。
幸村の心が揺れている事を信じて、感情を込めて歌う。

♪~溢れるほどの強さ優しさ

「…その背中ずっと追い続けてた」

やったと思った。小さいがしっかりと口ずさんだ幸村の横顔を見て嬉しくなる。
ちらっと目が、合った。 興味を示してくれている。 歌え、歌え、幸村の声が聞きたい。

(さあ、乗ってこい幸村!)

誘うように、伴奏を次第に強くしていく。

♪~ヒマワリと夏の太陽

「さぁ僕に勇気与えて」

「「ねぇみんなで盛り上がろう」」

二人の声が重なって、幸村が楽しそうに表情をやわらげた。
跡部もその笑顔につられて思わず顔がほころびる。 幸村の目を見据えて、一段と声高らかに歌ってみせる。

♪~夏ならそっと言えるかも

幸村もしっかりその後を引き取って、

「いくよ…「大好き!!」uh huh」

心がとろけるような歌声が跡部の胸を打つ。 その後は幸村のソロに任せて、最後まで聴き惚れてしまった。

「なかなかいい声じゃねーの」

心から賛美した。
すると我に返ったような幸村は、

「ちょっと恥ずかしいな」

はにかみながら俯いた。
跡部は満足しながらパラパラと楽譜を捲って、ある曲の歌詞を見つけて首を捻った。

「ああ、その曲はね、立海のみんなが作詞して俺に提供してくれたんだけどよくわからないよな。歌詞が可愛らしすぎてなんかなぁ」

『baby knows』

一見すると女に弄ばれてる男の心境かと思ったが、跡部にはピンときた。

(幸村の事をいってやがる)

日頃幸村の言動に振り回される立海のメンバーが想像できる。

「まったく…自由奔放で掴みどころが無い。勝手気ままで人を転がして楽しむ困ったやつだぜ」

「あは…こんな女の子は嫌だなぁ」

幸村がくすりと笑う。

「それでも愛されてるみたいだぜ?」

「…なんだよ」

探るような目つきで幸村を眺めたら、一瞬でむすっとした顔になった。

「ハッハッ!」

「………」

「お前の曲はいいのが揃ってる。思い出して、深く心に刻め。それで、早く立ち直るんだな」

「跡部…」

「なに泣きそうな顔してやがる」

「そんなんじゃないよ…」

「アーン?」

「でも、なにかお礼をさせてくれないかな」

困ったように笑う幸村が気の毒で儚い。
跡部はピアノの椅子から立ち上がって、ゆっくりと歩み寄った。

「テニスコートで待ってるぜ」

ハグして背中をたたいた。

「本当はもっと特別なものをもらいたかったが…」

ドアの向こうから殺気を感じてそちらを睨む。

(どうしようもねぇ奴らだぜ)

立海メンバーの幸村への偏愛が鬱陶しい。

「じゃあ、俺から君に」

え、と跡部も驚いたが、ドアの向こうの気配も動揺した。
額にキスされてしまったのだから無理もない。さすがの跡部も恥じらいを隠せない。

「おま…」

「これならハグより特別感あるだろ?」

得意笑顔の幸村が間近で言った。
たぶん考えなしにやっているのだろう。まるで子供が悪ふざけをしているような顔つきだ。

「は…お前には敵わねぇよ」

二転三転するこの男の魅力に立海のメンバーが執心するのもわかる。

「諦めんなよ、テニス。部長だろ。アー ン」

そう言い付けた後の幸村の表情からは、胸の内が読み取れなかった。
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