城主幸村を救え
校内を歩いて行くと、やがて朗らかな笑い声がこぼれ聞こえてきた。
柳生が足を止めた。 笑い声はここからしている。
「失礼」
“立入りを禁ず”の札がかかったドアをノックして柳生が部屋の中へ入ってしまうと、三人はわずかな隙間から中を覗き見た。
(幸村がいる…!)
制服姿で、まるでアトリエのような室内には画材や花束が散らかっている。
笑い声の主は幸村本人で、その笑顔が思いの外あどけなくて三人の目を奪った。とても全国の決勝で険しい顔をしていた同一人物とは思えない。
どうやら仁王が操るイリュージョンに夢中なようだ。
「仁王君。そろそろいいでしょう。お三方がいらっしゃいましたから」
「…プリ」
「お気持ちはわかります。ですが、本来幸村君にはテニスが必要なのですから…」
柳生と仁王のやりとりの間、幸村は窓の外を眺めている。開いた窓から聞こえてくるのは、ここにいる誰もが慣れ親しんでいるテニスの打球音と活気のある部の雰囲気だ。
時折まぶたを閉じる幸村は、吹き込む風を肌で感じているのだろうか…
カシャカシャ
カメラを構える不二が、すかさずシャッターを切った。
「うん、いいね。すごく絵になるよ。乾のデータによると陰ながら幸村を慕う全国のテニス部員は多いらしいから。…この写真、売れるよ」
「せやな。幸村クンを見てると、エクスタシーや」
オペラグラスを覗き込みながら、白石がほうっとため息をついた。
二人の準備のよさに、
「お前ら…」
あきれ顔の跡部も、自慢の視力を絞って見れば、うっすらとまぶたを開いた幸村の儚い雰囲気や、風にふわりと揺れる髪とか、白くて柔らかそうな耳たぶが心に残ったものだ。
(まるで立海の恥部を見ているようだぜ…)
ごくりと生唾をのみこんだ。
三人が眩げにピントを合わせていたその時、ドアに向かって三枚のトランプが突き刺さった。危うく目を潰されかけて飛び退いた三人の背後に、とうとう現れた人物がいる。
「曲者め。こそこそ何をしている」
見下すように仁王立ちしているのが真田弦一郎だ。
「プピーナ」
そこへトランプを飛ばした張本人が、薄笑いを浮かべて舌を出した。
「ちっ…無礼な奴らだぜ。それが人にものを頼む態度かよ。俺たちは幸村に用がある。お前らは引っ込んでろ」
「弦一郎、ここは堪えろ。あくまでも精市のために決めた事だ」
静かに語っているが、柳蓮二が跡部たちに向ける視線は鋭い。
緊迫する状況の最中、
「なんの騒ぎだい?」
その声音ひとつで、そこにいる全員の空気が変わる。
「幸村…」
誰からともなく、その名前を呟いた。
幸村はただ不思議そうに首を傾げただけなのに。
「あれ?」
目をぱちくりとさせる幸村に、
「やあ、幸村くん。お目にかかれて光栄だよ」
すぐさまその手を取ったのは意外にも不二だ。 自分よりやや上背のある幸村を見上げて、にこりと微笑んだ。
「不二…いらっしゃい」
どちらかというと幸村非難の側の不二が、この態度を示した事が他のメンバーには薄気味悪い。
「なっ…おい、その手を離さんか!」
一番に反応を表したのは真田だ。
不二の肩をつかんで引き離そうとするも、
「彼をこのまま生殺しにしておくつもりかい?」
ずばり言い捨てた不二の迫力に言葉を詰まらせた。
「真田君、あとは皆さんに任せましょう」
促す柳生も苦渋の表情だ。
立海の面々は後ろ髪を引かれる思いで、幸村をその場に残して立ち去るしかなかった。
「え、真田?みんなどこに…」
訳がわからずに後を追おうと踏み出す幸村を、
「さ、幸村クンは俺らと一緒に行こか」
白石が笑顔でやんわりと制した。
「え、と…?あ、真田!待てよ!」
自分を呼び止める声に思わず振り向こうとする真田に、柳が首を横に振った。
(たまらん…!)
帽子を深く被り直した真田は、胸が塞がる思いを断ち切るようにその場から走り去った。
さて、真田と柳から提供された場所は三ヶ所ある。 ちなみに、
『王者立海テニス部の権限及びその部長幸村精市の華麗なる復活を乞い願う生徒職員の助力により貸切とする』 らしい…
「音楽室、調理実習室に、保健室か…」
「どこもテニスとは無関係だね」
「割り当てどないする?」
瞬間、バチっと三人の胸中で小さな火花が散った。
退屈そうにネクタイを指で弄ぶ幸村を横目に、じゃんけんの結果が決まった。
音楽室 跡部景吾
調理実習室 不二周助
保健室 白石蔵之介
