期待のルーキーっスから!



部長と副部長が教室から出ていった後も、俺はしばらく教卓の下で膝を抱えていた。
なんで涙なんか… 鼻水をすすって、ゆっくり立ち上がる。 さっきまで二人が居たはずの場所は、跡形もない。 忘れよう、全部。

「……無理っスよぉ」

(赤也は自慢のルーキーだよ)

(赤也!たるんどるぞ!)

あまりにも俺の知ってる先輩たちじゃなかったから。 最低っスよ先輩ら

「もっと最低なのは俺だけど…」

スンマセン先輩たち。
でもそんな先輩たちも好きっスよ。 割り込むつもりは全然ないけど、明日からまた俺と試合してくださいよね。 いつか倒してやりますから。 ンで、たまには遊んでくださいよね。
まるでラブシーン…濡れ場?のような光景を堪能してしまった余韻と、見なきゃよかった後悔が半分ずつな気持ちにため息をついた。

「そんな顔をして、精市に悪い夢でも見せられたか」

コツンと頭をたたかれて振り向けば、エロ本を手にした柳先輩が見下ろしていた。 妙なタイミングで現れたこの先輩を不審に思う。

「どうした、泣いていたのか?」

首を振って否定した。

「今回ばかりは精市と弦一郎が悪いな」

もう一度、今度は手のひらで頭をぽんとされた。

「なんのことか知らねッスよ…」

「差し詰め、親離れできない子供のような心境といったところか」

「…意味わかんねッスよ」

頭の上の手を振り払って、エロ本をひったくる。

「精市と弦一郎にはグラウンド50周を言い付けたから、微温いがそれで許してやれ」

どうせこの人はお見通しだから、ばつが悪い。

「二人に代わって謝る。風紀を乱して申し訳なかった」

「え…てか、俺が悪いンすよ」

「否、またいつもの赤也でいてくれればそれでいい」

窓の外を眺める柳先輩につられてグラウンドを見れば、真面目に並走している先輩たちがいた。

「いいのに、別に…」

「好き好んで走っているんだ。やらせておけ」

翌日、ほとんど手付かずのままのエロ本を友人に返した。


「赤也。昨日は部活休むなんて珍しいな」

「……スンマセン」

「あのさ、赤也…」

そんな不安そうな顔は入院中のあの時だけにしてほしい。 二度とあんな部長は見たくない。

「…俺、走ってくるっス。ずる休みなんで」

「これからも俺を倒しに来てくれるよな」

俺のユニフォームの裾をつかんで引き止めた幸村部長が、苦し紛れな笑顔で言った。

「今のアンタなら勝ちにいけますよ」

「ありがとう…赤也」

ありがとうの言葉の中にごめんの気持ちが伝わるけど、「残念だけど、今の赤也じゃ勝ち目はない」くらい言って返してほしかった。
その方が燃えるから。 テニスの時のアンタの威光が俺には必要なんだから。

「そう思うんなら、さっさとテニスしてくださいよ。卒業まで時間ないんスから」

「あと、まだ部長とゲーセンとか食べ歩きとか行けてないんで付き合ってくださいよね」

生意気言って、デートに誘ったら、幸村部長は嬉しそうに笑ってくれた。

はい、次。
今日もグラウンドをがむしゃらに走り続けている背中に追い付いて、

「副部長もずる休みっスか?」

わざとかと思うくらいペースを乱した男の横に並んだ。 チラ見した横顔は汗みずくで、やっぱり一番汗の似合う人だと思う。 ちょっと引くくらい男くさい。

「もしかして幸村部長と喧嘩っスか?」

「な…たわけ、が」

え、俺相手に怯えたような目をするのやめてほしい。 まさか図星じゃないよな。

「…たわけは俺だ」

まっすぐ前を見つめて走る副部長が言った。

「じゃ、俺も付き合いますよ」

少し迷惑そうな顔をしたけど、許可してくれたみたいだ。 そのうちに二人の地面を蹴る足音がそろって、無心になった。

「赤也」

「あっと!俺に頭下げるのはテニスで負けた時だけっスよ」

「まあ、どうしてもって言うんなら、あと30周してきてもらいましょうかねぇ」

「な…!たわけ…」

「幸村部長の分っスよ、部、長、の」

舌を出してニヤリと笑えば、悔しそうに、でもすぐに精悍な顔つきになって俺を追い越して行った。 追い越し際、「苦労かけた」と肩に置かれた手がたくましくて優しかった。


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