俺の幸村
『俺は真田が好きだよ』
『おかしいだろう?でも自分の気持ちに嘘はつきたくないんだ』
バレンタインのチョコが入った紙袋を抱えながら、幸村は突如として言ったのだ。
帰りの昇降口の下駄箱の前だった。
『この好きをどう受けとるかは君次第だ』
頭の整理がつかなくて何も答えられずに黙っていたら、
『あと…これは俺から君に』
先の告白よりもずっと恥ずかしがりながら渡されたのはチョコレートだった。
『俺に…?』
恥じらいの色を隠さない幸村を初めて見た。 見たら、俺も恥ずかしくなってうつ向いた。
『その…手づくりなんだ。いらなかったら捨ててくれ。なんか、ごめん』
きびすを返す幸村の手首をとっさにつかんだ。 涙を浮かべるその瞳に、俺も答えなければいけないと思った。
『ありがとう。大切に頂くとしよう』
幸村のチョコレートは、形がいびつだったりカップからはみ出したりしていて、俺の気持ちを惹き付けて楽しませた。
翌月の放課後、ホワイトデーのお返しにあちこち回る幸村をつかまえた。
『それはまだ続くのか』
紙袋の中を覗き込んで聞いた。
『何だ、もう済んでいるではないか。話があるのだ。帰ろう』
すると幸村はこわばった顔をして後退りながら、
『ぁ…真田…俺はまだ用があるから』
幸村には珍しく下手な嘘だった。
『なぜ俺を避けるのだ』
バレンタインのあの日以降、幸村は明らかに俺を避けていたのだ。
『納得いかんぞ』
『それは…』
『自分の気持ちだけ吐き出しておいて、俺の気持ちは無視するつもりか』
さらに一歩後退しようとする幸村の腕を取って見据えた。 怯えたような目をする幸村に、なぜここまでして詰め寄るのか自分でもわからなかった。
『俺が怖いか』
幸村相手にこんな威圧的な態度をした試しがないのだ。
『こわいよ…すごく』
面と向かってそう言われると傷つく。
『真田の返事がこわいんだ。覚悟はしているけど…こわくて逃げていた』
俺に対して弱気を隠さない幸村は見ていて辛かった。
『てっきり先週の俺の誕生日に返事をくれると思っていたから。音沙汰がないから、黙って振ってくれたんだと思うようにした』
『幸村』
『ふふ…真田は優しいから。でもそれでいい』
無理をした笑顔は、俺の好みではなかった。
『今年のバレンタインはお前もチョコをもらったと噂で聞いてね、つい…』
放っておけばしゃべり続けそうな幸村の手に、用意していた物を握らせる。
『手づくりだ。いらなければ捨ててくれ』
『これ、俺に…?』
『俺はお前のチョコを余すところなく食べたぞ。とてもおいしかった。それと、満足いくチョコがなかなかできなくて、誕生日に間に合わなくてすまなかった』
『…開けていいかい?』
ひとつ頷いてみせた。
『もぅ…完璧主義だなぁ。俺のチョコの立場がないじゃないか』
チョコをひとつ摘まんで口に入れた幸村は、
『味も、おいしいな…』
『な、なぜ泣くのだ!』
通りすがりの生徒が訝しそうに俺を睨んで行くはないか。
『そもそもお前だって毎年チョコレートを沢山もらっているではないか』
ハンカチを差し出しながら、毎年この季節に気にかかっている思いを伝えた。
『俺のは全部義理だよ。でも真田は違うだろ。もらったのはひとつでも、チョコの重みが違う』
悲しそうに言う幸村に、嘘はつけなかった。
『受け取りはしたが丁重にお断りしたのだ』
『なぜ?』
涙を拭ったハンカチを返しながら幸村が問う。
『俺にはまだ早い』
『そう…』
『テニスと幸村で精一杯だからな』
考える事なく、自然にそう告げた。 するとまた幸村は頬を涙で濡らしたが、直ぐにぐいと手の甲で拭って、
『苦労かけると思うけど、真田弦一郎を好きになってしまった幸村精市を許してほしい』
強い眼差しを俺にひたと向けた後、頭を下げた。
(中学1年のあの日は昨日の事のように覚えている。ただ、幸村のチョコが全て義理だかどうかはあやしいが…)