キングと神の子
神の子、幸村精市。 人がなんと言おうと、空想すれば必ず手に届くと信じていた。
あの試合の先に行き着いた幸村のテニスのカタチが、神でも何でもないと五感を奪われて尚且つ五感で感じた跡部だった。 長いラリーの経過の中で、呼応したと確信した時の感動が忘れられない。
コートの向こう側に立ち塞がる幸村の虚像を前に抗い続けたら、幸村の暗い孤独が見えた。 一体いつからこんなテニスを続けている? かつてここまで辿り着いたのは誰もいなかったのではないか。
『俺様の相手は孤独じゃねぇ、お前だ幸村』
その叫びが幸村の閉ざされたテニスの精神にどれだけ刺さっただろうか。
そんな凄まじい激闘を繰り広げた相手は、一晩で脱け殻になってしまったように今はくたりとベッドの上にいる。 ふと、パジャマ姿の幸村の背景が見たことのない病室のような幻覚になって跡部をひやりとさせた。
「随分遅いお目覚めじゃねぇの」
幻覚を振り払って声をかけた。
試合から一夜明けて、いても立ってもいられずに家に押し掛けてまで会って話がしたかった。 幸村が怪訝な顔をするのももっともで、身をよじったパジャマのズボンの足首にテーピングが巻かれているのを跡部は見逃さなかった。
単純に、うれしかった。 幸村に自分の存在を刻み付けた満足感と、試合が終わっても跡部景吾を忘れなければいい、このまま疎遠にしたくない。
思い立ったら行動を起こすのは跡部のいいところだった。 我慢はしない。 詰め寄った。
幸村のすぐそばに置かれたスマホの画面が、跡部からの着信履歴を表示している。 日時は試合の誘いをした時の履歴で間違いない。 跡部の視線の先に気づいたのだろう、
「ぁ、これは…」
少しかすれた声で幸村が言い訳をする。
「…別に、用があったわけじゃないんだ」
「アーン、俺様が忘れられなかったの間違いじゃねぇの」
電話をかけようかどうか迷い悩む幸村を想像した。 想像したら、抱きしめたくなった。 その身体に、いくつ自分が残した証しがあるのかすべて暴いてみたい。
「痛っ…!」
スマホを取ろうと動いた幸村の右腕をさほど強くない力で捕まえたら、思った以上のいい反応があって興奮した。
「ちょっと…冗談だろやだ」
パジャマのボタンを外して襟元をはだけると、右肩にもテーピングを認める。
「…君のテニスに苦労させられたからね。恥ずかしいからもういいだろ」
「好い気味だぜ」
「満足かい?」
「お前はどうなんだ」
少しずつ苛立ち始めた幸村の目の色を真正面から受け止めて問う。
「満足したかよ」
「試合はね。でも今の跡部はセンスが悪すぎるよ」
「…そうかよ」
責める口調で言われて、強気だった跡部の気持ちが怯んだ。 今更ながら無遠慮な言動を幸村に浴びせ続けた事を後悔した。 嫌われたら、対処法など用意していない。攻略するつもりでここまできてしまった。
「跡部でもそんな弱気な顔するんだな。俺のせい?」
思いがけない声かけに、はっと顔を上げると少し困ったような表情の幸村がいた。
「そうか…ふふ、どうしよう。俺、跡部の心がスケスケかも」
「なにっ…!」
「どうしようかな。これが君の本当の気持ちかい?」
テニスの時とは打って変わって、優しい眼差しの幸村がたまらなく美しい。
回りくどいのはもうやめた。
「いいか幸村、俺はお前と恋愛がしたい」
「え…?そう、なんだ…」
「は?お前、俺の心を見たンじゃねぇのかよ!」
二人とも真っ赤な顔を見合わせた。
「ちっ、ハメやがったな幸村!」
抑えられない感情を身体ごとぶつける。 幸村の上に跨がって、その瞳に問い質すのはひとつ。
「お前はどうなんだ。きっちり答えるまで何度だって聞いてやる」
何としてもその唇から言わせたい。 それこそ五感を研ぎ澄ませて、幸村の小さな変化も見逃すまいとした。
「君の美技に酔った…といったところかな。これで勘弁してくれないかな」
「そうかよ、お前が必要なのは俺様のテニスだけでいいんだな。それなら今日は帰らせてもらう。その体じゃ使いものにならねぇ」
幸村が正直な気持ちをはぐらかそうしているのは見え見えだった。