キングと神の子


今が朝8時で母の言いつけを守らず、かわいい妹の声に返事をしただけなのに、一瞬のうちに場面が切り替わってしまったみたいだ。
開いた部屋のドアの先にいるのは知っているような知らない男がひとり。

「えーと…」

いや、確かに知っているけど、時と場所と時間がまるでおかしいからそこにいるのが跡部景吾だと認知するのを許否したいのだ。

「よう幸村。ずいぶん遅いお目覚めじゃねーの」

腕を組んで壁に寄りかかって見下すような口調と視線の先にいるのが、自分だと意識すると幸村は動転した。

(真田にも見られたことないのに!)

そう惨めに思ったのは、はだけたパジャマ姿で髪は癖毛がうねったままで、部屋はジャージやタオルが放りっぱなしの状態だったから。
それに比べて相手はどうみても上質な服を着こなしていて、頭の先から爪先まで整いすぎている。跡部といえばイメージするのが氷帝学園のユニフォーム姿だったから、私服を目の当たりにして幸村は乱心した。
もしこれが立海のメンバーだったならはっきり物を言って追い返すこともできたし、枕のひとつやふたつ投げつけてやったかもしれない。 しかし相手は気心なんて知らないし友達とも言えないのだから、さすがの幸村も控え目な態度を選んだ。

「…なんで」

「お前が俺様の訪問を邪険に扱うからだ。家族は気持ちよく歓迎したぜ」

こうしてあらためて見ると評判通りのイケメンだから、母と妹がすっかり情にほだされてしまったのも無理はないだろう。 そんな不服を表情に出して跡部を見つめた。

「フ…ハハハ!なーんて顔してやがる。とても俺様と互角に渡り合った男とは思えねぇぜ」

「ぇ、ちょっとなに…」

近づいてくる跡部は、どういうわけか眩しそうにやわらかく笑って見つめ返してきた。

「面白いじゃねぇの幸村」

咄嗟の判断で枕を盾にして胸の前に抱えたが、あっという間にゼロ距離になった。 跡部の体重がベッドを軋ませる。 手も口も出せない屈辱感と、まるで辱しめを受けているような雰囲気にとまどい逃げたくなる幸村だった。

(テニスだったらいくらでもやり返せるのに…!)

この状況はずるいと身構えると、すぐに跡部の香りが鼻をくすぐって、色っぽい低音の声が耳に囁いた。

「あの試合だけで俺様を判断してもらっちゃ困るからな。これから俺様に付き合ってもらうぜ」

それを聞いて、常識はずれの訪問にしては案外目的がまっとうだったんだなと思い直してしまう。そんな幸村はちょっと軽率な一面がある。

「なんだリベンジ試合かい?お望みなら相手になるけど今日はどうかな…」

言いつつそっぽを向いたのは、隠していた無防備な正体を覗かれてしまったから。 神の子幸村精市のイメージが跡部の前に崩壊して曝された今となっては、すぐにテニスコートに立つのは恥ずかしすぎた。

「悪いけど日をあらためて…」

「アーン、鈍臭いやつだな。俺様からお前にデートの誘いだと言ってる」

顎を掬われて真剣な眼差しを前にしたら、なにも言い返せなかった。
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