ファーストゲーム

危なかった…と一呼吸してから真田はゆっくりと幸村から身を離した。
まさか女子ようなの心配はいらないだろうが、中に出すのは危ぶまれたからなんとかそれを阻止できてほっとした。
突然の幸村からの情熱的な口づけに、感情が爆発寸前まで高まった結果だ。
力なく横たわる幸村を見下ろして初めて実感する。

(本当にやってしまった)

自分の不甲斐なさにがっかりした。
今思えば、あんな子供の挑発になぜ畏怖の念を抱いたのか。 けれどあの時は、今やらないと取り返しがつかなくなるような気がして煩悩を断つことができなかった。

「大丈夫か」

白のシーツに散った紅い染みをそっと手のひらで撫でる。 幸村を傷つけた後悔と、これでよかったと満足するふたつの思いが真田を複雑な表情にさせた。

「からだを拭こう」

口を利かない幸村の様子に畏れながら、用意した桶に湯を張って手拭いを濡らす。 首から胸、腹、臍の辺りまで拭って手を止めた。
この先まで委ねてくれるだろうかと、おそるおそる顔色を覗う。 瞼は確かに開いているが、その奥にある瞳はぼんやりしていて視線は合わない。時折瞬きをすると長いまつげが綺麗にゆれた。
しかし流した涙の跡が痛々しい。
自分が幸村に与えた代償はいかばかりか。 せめて、すべてが終わってしまった今だけはやさしく償わせてほしい。
温めた手拭いを再び手に取ると、

「真田」

名前を呼ばれただけでどきりとした。

「驚いたよ。お前がこんな風に俺を扱うなんて。なんとか俺も抗ったつもりだけど、少しでもお前にお返しができていたら嬉しい。まあでも、やっと真田は俺のものになった気がしてよかったよ」

そう言って、疲れた顔をこちらに向けた。

「幸村、それは…っ」

「ん?」

この上ない褒め言葉として受け取っていいのだろうか。 下半身がむっくりとするのを感じて、あわてて浴衣の前を合わせた。

「なんだよ。お前だけ着て」

「む…悪い、今、着せてやる」

わたわたと浴衣を取りに離れようとすれば、

「なんだ…続きはしてくれないのか」

頬を染めてふくらませた。 ぷいと横を向いた先は桶を見ているらしい。
ほっとするやら、あわよくばもう一度と期待した自分がさもしい。

「その顔、昔と変わらんな。久しぶりに見たぞ」

「もう…どんな顔だよ。だいたい真田はいつも近くに居るくせにまるで俺を見てないからな」

はたしてそうだろうか。
言われてみれば、成長と共に幸村を意識するあまりそんな態度になっていたかもしれない。 それくらい幼い頃から幸村は高嶺の花だった。 それなのに、この花は人の気持ちをもてあそぶような事する。

「ちゃんと見てないと俺、ぼうやのところに行っちゃうかもな」

「冗談でもそんな事は許さんぞ」

かちんときて、幸村が言い終わらないうちにその口を手のひらで塞ぐ。
これまでしたことのないきつい態度をとった。 もはや優しさだけでは幸村を繋いでおけないことがわかってきた。

(少しは俺を怖がって言うことを聞いてくれればいい)

しかし幸村はびっくりした様子も束の間、

「だったら負けるなよ、真田」

「無論だ」

「負けたらどうする?」

試すような目を向けていても、そこに期待が含んでいるのを見逃さない。

「あぅ…!いきなりそんな…ぁ」

「負けたところで、おまえが俺を離さないだろう」

自信を持って言って返してやる。
そうすれば幸村もしっかりと背中に腕を回してきて、安心したのだろう。先の繋がりよりもずっと甘い声をあげた。



END
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