愛しい花

俯いた幸村が顔を上げるのを待っていると、

「…さっきのは俺に恥ずかしいこと言わせた代償だからな」

さっきの、とは真田の脇腹に見事に入った肘打ちの事である。
代償だから謝る気はない、というのだろう。

「くっ…はは」

可笑しかった。
謝る気はないという癖にその表情は悪行をして拗ねた子供の様なのだ。

(あぁ、本当に‐‐‐‐)

「何で笑うんだよ」

今度は一転、鋭い目をして睨んでくるが真田はこれに慣れている。
愛しさが溢れて目を細めて近付けば、幸村の方が怯んだ様に一歩後ずさった。

「幸村、もうずっと俺もお前に惹かれていた」

「……」

「許してくれるだろうか…?」

「そんなの…決まってるだろ」

間髪を容れず手を引いて、幸村がこちらを見上げた瞬間に唇を塞いでしまう。

「んっ…」

幸村の想像を遥かに上回る深いキスだ。
ふらりとした幸村の体を支えながら、呆然としている顔を見つめて、

「もう離してやれんぞ」

「さな…っ」

再びキス。
今度は幸村も、真田の背に腕を回してそれに応えた。
もっと早く伝えればよかった。
二人は共にそう思ったに違いない。
唇を離して互いを見合う。

「あはっ…顔真っ赤」

「なっ…お前もだぞ幸村!」

ふと、真田の帽子が見あたらないと幸村が気づいて問われれば、最初に居た高架下に落としてきたらしい。

「取りに戻るぞ」

幸村の手を取ると、

「え~またあそこまで戻るのか。しょうがないなぁ」

溜め息をつきながらも並んで歩き出す。
お前一人で行けよと言われるかもしれないと思っていたから、真田は嬉しかった。
どれ程走って来たかわからないこの距離も、

「今度は二人一緒に戻るからきっとあっという間に着くだろう」

一人で突っ走ってきた道をこれからは二人でゆっくり景色を見ながら歩んで行きたいと願うのは、真田も幸村も同じなはずだ。


(俺のラケットバッグとブーケはちゃんと持って走って来たくせに)

そう思えば、手を引かれながら歩いているのがいたたまれなくなった幸村は、

「これはお前にだよ」

なんだと振り向く顔面に、お気に入りのブーケを突き出して、ついだ手を離して少し先を歩き始めた。




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