ファーストゲーム

ふだん物怖じしない越前リョーマは、この時ばかりははっと息をのんだ。
数時間前、名門テニス部にたったひとり乗り込んで周囲から注目の的になっても何とも思わない神経をもっている。
それなのに、今は心もからだも動かなくなってしまった。

「ぼうや、聞いてる?」

目の前で屈んで帽子のつばの下から覗きこまれれば、たまらずに俯くことしかできなかった。

「道をたずねたいんだけど?」

声をかけられてはじめの一瞬で、強烈なサーブを受けたように胸が高鳴るのを感じた。

「ふふ、テニスは楽しいかい?」

でも、そう聞かれれば即座に、

「見ればわかるでしょ。楽しいからやってるんじゃん」

上目遣いに相手の顔色を伺った。
すると目の前の人はほんの一瞬きょとんとしたような表情をしたが、

「そう、ならいいんだ」

そう言って、ふっと瞳の奥で微笑まれた気がした。 そうして越前が少し気を許したのを見て取ると、

「ところでこの辺はきみのテリトリーなのかな?」

子どもに話しかけるように聞いた。

(なんだよ、人を猫みたいに。むかつくんだけど…)

けれど越前は、頬の熱くなるのを振りきって、

「てゆーかさ、あんた誰」

なんとかいつもの強気に出る。
他人に興味を示さない性分なのに、この出会いをあっさり終わりにしたくないと思った。 聞けば、相手は神奈川の中学生だった。

(なーんだ。俺と2歳しか違わないじゃん。てゆーか、神奈川ってなんだよ…ダメじゃん)

またそのうち見かけるかも知れないと期待していたから落胆した。 でも、だったら今のうちだ。

「ねえ、俺と…」

相手の手首を取ってネクタイを引いたら、ぐんと顔が近づいた。
えっと小さく漏れた声が越前の五感をくすぐる。 どんな試合も、こんなわくわくとドキドキは味わったことはなかった。

「俺、あんたのこと好きかも」

そう言ったのと、

「幸村!」

怒号にも似た野太い声が重なって、越前の物静かな声が相手に伝わったかわからない。

「ちぇ…」

邪魔者の乱入に機嫌を悪くした越前は、そっとネクタイから手を離して声の先を三白眼で睨み付けた。
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