食色性也『孟子』「告子・上」
「む…蓮二はまだ来ていないのか」
真田が食堂の席に着くと、先に来ていた幸村がすいとスマホの画面を見せてきた。
『急用の為行けなくなった』
「ついさっき連絡きたから」
幸村はどんな魚の身もきれいにほぐすが、真田はいつも箸を持つ幸村の指を見る。
それに、幸村の伏し目がちな顔が好きだ。中学までの頬にかかる髪も良かったが、高校になって大きく雰囲気を変えた髪型もぐっと大人びてお洒落だ。
「そうか」
「うん」
「久しぶりだな」
「鰆につられたんだよ」
「よかったな」
幸村は箸を止めて不審そうにこちらを見た。
「鰆でよかっただろう?」
思ったままを口にしただけだ。
今までなら「やっぱりこれはおいしい」と、にこにこして箸を動かしていたから。
「真田も生姜焼きで」
「ああ、勿論だ」
これも心から答えると、幸村がはにかむ笑顔を見せた。
「ほら。ご飯のおかわりもらってきてやるよ」
思いがけない幸村の申し出に、残りの白米をかき込んで茶碗を渡した。
本当は聞いてしまいたい。
彼女ができたからといってなぜ距離を置こうとするのか。俺たちの十四年間は、彼女一人の存在を前にこんなに脆い関係だったのか。
遠くなる幸村の背中に、
(おまえはどうやって女を抱くんだ!どうしたらまたおまえに一番近い存在に戻れるのだ!)
邪(よこしま)な感情が溢れ出そうとするのを、ぐっと喉の奥に飲み込んだ。
