食色性也『孟子』「告子・上」
それにしても精市が女子とどうなるか。
弦一郎が同じ事になったら応援しがいがあるというもの。それが共寝でも、弦一郎の普段の個性から想像に難くない。
友のそんな場面を頭に描くなんてどうかしていると、蓮二は長い前髪をさらりと掻き上げた。
精市はどうか。
弦一郎と等しく精市を見てきたつもりだ。
精市を語らせたら誰にも負けない自信もある。
中高の精市についてなら、幼馴染みの弦一郎にも引けを取らないと思っている。
ただ、神童だった精市に弦一郎と同じ様な想像ができるかというとどうしても頭が追いつかなかった。
別の日、食堂を出てから弦一郎と別れて資料庫に向かう。実は昼食の前に精市から呼び出されていた。
「一人で来てくれ」と。弦一郎の同伴を許さなかった。
精市は長机に突っ伏していた。
隣にあった紙袋の中に、小さな弁当箱が入っているのが見えた。それをそっと横へ押しやって隣に座ると、すぐに反応があった。
片腕を立ててその手でうなじを擦る仕草が気怠(けだる)げだ。その雰囲気が何処となく色っぽくて、蓮二は妙な想像をする前に口を開いた。
「そろそろ惚気話でも聞かされるのかと思ったぞ」
安っぽいビニール袋の音に顔を上げた精市に安堵してしまう。
「さすが蓮二」
「一緒に食べないのか」
「うーん」
調理パンを頬張る横顔はまだ中学の面影を残していた。この様子では、まだ弦一郎が気に病む事態には発展していないようだ。
「一緒に居れば楽しいし、ちゃんとおいしいんだけどね」
一瞬どきっとしたが、精市は紙袋に目をやって首を傾げた。
「腹持ちが悪い気がする。…いろいろね」
ぱくりと菓子パンをかじると、思い出したようにフフッと微笑した。
「どう?真田は。そろそろあの食べっぷりが見たくなってきたよ」
「気になるなら昼くらい一緒に食べないか。昼が無理ならテニスくらい」
精市は弦一郎がこの状況に気付いていないと思っている。精市にとって弦一郎はいつになっても恋愛には初(うぶ)であると信じているのだ。
(違うぞ精市。おまえの知らぬ所で弦一郎は)
「弦一郎が気の毒だぞ。理由を話さないと」
「言えるわけないじゃないか」
「なぜ」
「言えるもんか…」
「惚気話ならいつでも聞くが、隠し事はいけないな。俺たちはそんな間柄だったかな」
席を立つ時、再び突っ伏した精市のやわらかい髪に触れた。
「明日は鰆(さわら)の西京焼きだ。好きだろう?知っての通り、関東での旬はこの時期だ」
資料庫を出た蓮二は、後ろ手でそっとドアを閉めた。
廊下の窓から見えるイチョウはすっかり落葉していた。
