食色性也『孟子』「告子・上」
「最近の幸村はどうかしている」
最近の弦一郎こそ、食堂に着くなりこの話しかしない。蓮二は、列に並んでお盆を取った。
学食のいつもの流れに従いながら、高校三年間で一番好きになった煮物のおかずに手を伸ばした。これは薄味気味でちょうどいい。出汁が美味い。
後ろの弦一郎は思った通り豚の角煮を選んだようだ。
食欲はありそうだから、まだ心配には及ばないだろう。
「聞いているのか蓮二」
卒業まであと何回この煮物を食べられるかわからないのだ。静かに堪能させてほしい。
精市はというと、部活を引退してから弦一郎がテニスに誘っても躱(かわ)されてしまうという。
「精市だってテニス以外にもやりたい事の一つや二つあるだろう」
それに、三人共に立海大に進むのだからサークルに入ってまたテニスをやればいいと思う。
昨日の帰りも、精市はしつこい弦一郎を撒(ま)いて校門を出て行くのを見かけたばかりだ。
「女とやる事がそんなに重要か」
口に運びかけた里芋を危うく落とすところだった。
この堅物からそんな言葉が出てくるとは想定外だ。
「やる事とは…」
里芋を喉の奥に飲み込んで、恐る恐る視線を上げた。よくよく見れば、目の前の友は高校三年間で男振りが増していた。
「女とやる事なんて決まっているだろう」
言われてから、今度は精市の事を思った。
大人に近づくとは残酷だ。精市にその兆(きざ)しがきても当然なのに、心の何処かで否定していた。
弦一郎の発言と同じくらい驚いている。
弦一郎はいつから臆(おく)せず男女を語る口をもったのか。"女"と言った。この前まで"女子"としていたのに。
大好きな煮物の味がとんとしなくなった。
試しに豚の角煮に箸を伸ばす。
「うまいな」
「無礼だぞ」
「はっ、はっ、悪かった。精市にそんな相手がいたとは初耳だな」
「わからんか。俺はすぐにピンときたぞ」
自慢とも窘(たしな)めとも取れる口振りだ。
弦一郎は腕を組んで「うーん」と唸っている。気持ちはわからないでもないが、自分を冷静にさせるためにも一応忠告する。
「男女の事だ。いくら親友でも」
「聞けるわけなかろうッ!」
周囲の視線が集まる程度の大声だ。
"聞くわけない"とは違うのだから、聞きたいのだと解釈した。
