愛しい花

この時、真田も幸村も互いの想いを見透かしていた。
このまま帰れば明日からまたいつもと変わらない日常があるだろう。
テニスの中に互いが存在する、そんな関係が続く。

「…ばかだな」

一言呟く幸村に、真田は目を見張る。
夕日に染まる横顔がとても綺麗だった。

「惚れてるよ、お前に…」

震える声でもう一度呟くと、掴んだ右手を振り払って駆け出して行く。
ブーケの花が、地面に咲く花の上に静かに落ちた。
真田は自分が情けなかった。臆病な自分のせいで、大切にしてきたものを傷つけてしまったから。

(幸村の口から言わせてはいけなかったのだ。わかっていたのに)

走り去った背中を追いながら、自分の過ちを悔いた。
届きそうでとどかない。
部活での走り込みはいつも互角だったから、この距離は縮まらないかもしれない。
制服でこんなに全力で走ったのは初めてだ。
土手はずっと先まで続いていて、気が遠くなりそうになる。
と、前を行く幸村の足が僅かにバランスを失ったのを真田は見逃さなかった。
一気に距離が縮まり、手を伸ばす。

「す、まなかった…許してく、れ…」

乱れた呼吸の合間をぬって伝える。
先程振りほどかれた右手首を再び掴んで、大げさなくらいに強く引き寄せた。
背後から抱きしめれば、互いの息づかいが、呼応する。

「俺…」

今度こそ幸村が何か言い出す前に、真田はその声を遮る。

「俺はお前が好きだ。どうしようもない位に」

声が震えそうだったから自然、早口になった。
幸村は聞き取れただろうか。また逃げ出されるかもしれないと不安になって、しっかりとその体を抱きしめる。
そう思った矢先、次の幸村の言葉にぞくりとした。

「…離せよ」

僅かな抵抗があった。
普段の真田なら、幸村に上から畳み込まれる様に言われてしまえば、その通りにするのが常であった。
が、今の真田は自分自身にそれを許さなかった。

「お前が好きだ」

一層強く抱きしめて、今度ははっきりと言えた。
だが幸村も頑固である。

「離せって言ってるだろ」

無言で否を示すと、脇腹に鈍い痛みが走って抱きしめる腕の力が一瞬緩んだ。
しまったと思ったのと同時、唇に柔らかい何かが触れた。

「…?!」

「…だから離せって言っただろ」

唇を離した幸村は、ばつの悪そうな顔をして俯いた。
その頬は、夕陽のそれではない赤に染まっていた。
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