Face!Face!Face!!
『俺は負けない』
電話の向こうの手塚はいつも通りの口振りだ。
負けを微塵も感じさせない。
仮に負ければ、彼は必ず相手を評価して澄んだ目の奥で称えるだろう。
電話では表情は読み取れないが、即答の歯切れ良さが事実を物語っている。
「ふうん」
『…………』
発言を失敗したと思ったのだろう。手塚は、居心地悪そうに小さな咳払いをした。
『話はそれだけか』
「邪魔したね、じゃあ」
幸村は、視界の先の気配に気が付いて話を切り上げた。
在来線のホームに、彼だけが場違いな雰囲気で不機嫌そうに歩いて来るのを見つけたからだ。
『…幸村。またやろう。おまえと試合するのは楽しい』
手塚の言う試合が紙面上か本物のコートの上かはわからないが、どちらでも大歓迎だ。
通話を切って、恋人に向き直る。
さて。跡部はなぜ、負け戦だったにも関わらずあんなにもベッドの上で変貌を遂げたのか。
こんな嘘は、跡部自身が一番許さない。
(自分を騙してでも、勝利を待てずに俺を欲しがってくれた?)
幸村は一瞬嬉しく思ったが、これを堪え性が無いと思わなくなってしまうのは問題だ。テニスが絡んでいる。
二人ともテニスにはストイックに向き合って来た。これは譲れない。それだけに、次に何かあればテニス絡みの条件は止めようと心に決めた。
それなら心置きなく妥協できるから。
(なら、もし本当に勝っていたらどれだけすごかったんだろ…)
幸村は思わず唾を飲み込んで、目の前の男をほんの少し見上げた。
「公共の場で妙な顔すんじゃねェよ。アーン?それとも出かけるのは止めて、また車を呼んでもいいんだぜ」
意味ありげに口元を少し上げて笑う。
一歩詰め寄った跡部は、髪に香水をまとった幸村に気付いたようだ。甘さ控えめのフローラル系のそれは、すっかり幸村に馴染んでいる。
幸村が車中の出来事を思い出してほだされかかかっていると、
「なーんてな。電車の混雑に嫌気が差しただけだ」
跡部を可愛がって(?)いた高校生、入江奏多の物真似だ。跡部は入江の演技…虚構を「本当のこと」にする技術をこんなところに利用したのだ。
そうと知っても、咎める気はなかった。
(まったくもう…どこまでが演技だったんだろ)
なんだかビューティーショーの撮影現場も疑わしく思えてくる。
ーーー何で俺が…もう嫌だ…
あれもこれも、幸村の気を引く演技だとしたら?
思わず隠しきれない笑みがこぼれた。嘘でも本当でも、もれなく愛するというのに。
跡部がこちらの顔色をうかがっている。
「そうだ。俺の写真の台詞。"僕"っておかしくないかい?誰もつっこんでくれないけど」
隣で吊り革を握る横顔に不満をぶつけた。
「イメージだからな。違和感ないならいいじゃねぇの」
「いや、おかしいよ。…じゃあ今度耳元で言ってやるよ。ぜったいおかしいから。聞いても萎えるなよ」
幸村が冗談交じりに声を落として言えば、
「いいんじゃねぇの、たまには」
大真面目に返されて、逆に恥ずかしくなった。
「楽しみにしてるぜ」
跡部は前を見つめたまま微笑した。
幸村はうつ向いた。次にベッドで一緒になったら、絶好のタイミングできっとこんな展開が用意されている。
「ほら言ってみな。言わねぇと遊んでやらねぇよ」
どうするのが正解か、今から迷っている。
end
