こねまわして!愛ス
(幸村。あれは絶対、自慰しよるよ。心配せんでも)
仁王は、自分に置き換えてそう思った。
ただ、そこはさすが歴の長い夫婦なだけあって、意思が固い。 病床にあっても、二人の間には愛が感じられたのには、仁王は眼を見張った。
口を開けばセックスと言うくせに、幸村の真田を見る眼は、純真だった。
仁王は、柳生をまだよく知らない。
好きだと告白したのは、かなり勇気がいった。 しつこいくらいテニス部に勧誘した。
柳生は迷惑がりながらも、ゴルフクラブを握る手を止めて、いつも柔和な笑顔で丁重に断り続けた。
中2の夏だった。 この時期に転部をするなんて、もったいないと思うのが普通だろう。 柳生もそうだった。
「あの、何度も来られても私の気持ちは変わりませんから…」
―――俺の気持ちも変わらんき。お前さんを連れて帰らんと、俺のテニスはもう終わりじゃき。
自分で勝手に決めたくせに、柳生に押し付けたかたちになった。
「そんな安易に…本当に私がテニス部に入部しなかったらどうするおつもりです?」
―――辞める。
「それでは私のせいみたいではないですか。嫌ですよ、そんなの困ります」
―――じゃ、入部して。
これには、さすがの柳生も怒っただろうと思った。 全然筋が通らない。
なのに、柳生は俺を追い払わなかった。
「私、やっと上達してきたんです。あなたにもわかるでしょう?仁王くんは…」
柳生は俺がテニス部のレギュラーだったのを思い出したのか、
「あなたはそこまで上り詰めて、辞めるなんて」
まるで自分のことのように残念そうな顔をした。 柳生はゴルフ部のレギュラーではなかった。 畳み掛けるなら今だ、と思った。
―――辞めよるよ。柳生のために。
「訳がわからないですね。私のため?」
不信感を露わにされて、俺はくじけそうになるのを、精いっぱい堪えた。
―――お前さんに、これ着せられんかった俺の責任。
俺は、テニス部のウェアーを引っ張って見せた。
「頼んでませんよ」
踵を返そうとする柳生に、
―――だって絶対似合う!お前さんのテニス、俺が保証する。
「…またそんな安易に。私はテニスなんて…」
―――俺と組めばいい。俺も柳生とテニス、一からやり直すつもりじゃき。お前さんは、一人でゴルフができるかも知れんけど、俺には、柳生がおらんとテニスができんよ。柳生がおらんなら、テニスもレギュラーもいらん。
自分でも驚くほど、口が軽くなった。 言葉数が多くないと、負けてしまう不安があった。 頭がいい柳生に、難しい語意を並べられては敵わないと思ったから。
「…私がテニス部に入れば、あなたは退部しなくて済むんですね…?」
戸惑う横顔のつくりが、きれいだったのを覚えている。
彼はしばらくゴルフクラブを見つめたあとで、
「私だけとおっしゃられては、その気になるじゃありませんか」
すっかり夕陽に照らされてしまった広いゴルフ場を、名残惜しそうに眺めていた。
「ゴルフのスイングの型だけが、私を選んだ決め手ではないと良いのですが…」
そう言って俺と眼を合わせた柳生は、はにかんでから、うつむいた。 眼鏡を押し上げる仕草がよく似合った。でも、その時の俺の心臓は、締め付けられたみたいに苦しくなった。
「ぁ、と…私、何か変な事言いました…?その、仁王くんの、テニスにかける情熱に、負けたんだと思います。あなたに比べたら、私のゴルフなんて…」
柳生の言葉を最後まで聞かない内に、手首を取っていた。
「あの…」
―――スイングしてるお前さんを見かけた時から、忘れられんかった。それからずっと、俺とテニスすることしか考えられんかった。
「ゴルフがテニスに役立てばいいんですけど」
近くに寄ったら、背丈はほとんど変わらなかった。 レンズの奥の虹彩は、彼のイメージからして真黒だと思っていたら、意外にも薄茶色で。
「お前さんがいれば、俺はいい」
「仁王く…」
うなじを引き寄せて、キスした。
―――俺のトコにおって、柳生。 柳生比呂士。 俺のテニスはここにある。 やっと見つけた、夢中になれるもの。
「毎日通ってくれて、ありがとうございました」
どこまでも優しい柳生の言葉に、俺は救われ、心の内で謝った。