故意(恋)の風紀違反
真田と夜の電話が終わると、幸村は静かに病室までの道のりを歩いた。
子どもが泣いて親を呼ぶ声や看護師があやす囁きが聞こえる病棟に帰る。
消灯が二十一時だから病院の夜は長かった。
誰もいない個室のベッドは冷たかった。
「幸村、大丈夫か?」
そんな夜、真田は他の誰にも見せたことの無いほころんだ顔を近付けてくれた。
幸村がドキドキしながら見惚れていると、やさしく髪を撫でてくれる。
本当は心細くて何度も泣きたくなった。
その度に、あちこちにいる小さな子どもたちを意識する。すると無理やり気持ちを強く持つことができた。
自分はこの子たちの見本で、三連覇を成し遂げようとする部長で…。
「幸村、大丈夫か?」
リアルの真田は、心配そうな怯えたような顔をした。
今、真田の体温がやさしく幸村のナカを埋め尽くしている。
もしも涙のひとすじでも頬に伝ったなら、すぐに真田を失ってしまうだろう。
(いなくならないで…)
真田の表情が、疑り深い目に変わった。
耳に吹き込まれたのは、思いがけないひと言だった。
「そろそろ追い込みをかけるぞ」
「ぇ…?」
「泣くなら俺にされながら泣けばいい」
それは幸村にとって、とびきり甘い言葉だった。
真田は自分の判断が間違っていないのを確信すると、深く強く幸村を愛していった。
保健室を出る前、先に着替え終わった幸村は床に落ちていた真田の帽子を拾った。
真田が帽子を脱ぐ時は、形を整えて丁寧に扱うのを幸村は知っている。床に転がしておくなんてありえない大切な帽子だ。
幸村は帽子を優しく手ではたいた。
すると、いつからだろう。こちらの様子をじっと見つめる真田の視線とぶつかった。
「…………」
セックスが終わった後の着替えは恥ずかしい。
自分のからだがすっかり真田のものになったみたいで、する前と後ではまるで違う。むず痒い気持ちを鎮める作業が着替えだった。
だから、こんな風にじっと見られていたらまたぶり返してしまう。
幸村は帽子を前に差し出したが、真田がつかんだのは手首だった。
「帽子…」
「おまえが先だろう。"それ"は逃げないからな」
いつから行動を先読みされる立場になったのだろう。
真田が、ちょっと偉そうにフンと微笑った。
最近は、これまであまり幸村には見せてこなかった顔をするようになってきた。
「…泣いたらやめるかと思った」
「そうか」
悪びれる様子もないのが、幸村には嬉しかった。
「ふふ…そうかぁ」
「な、なんだ…わからんぞ。やめた方がよかったのか…?」
これはいつも通りの真田の反応だ。
これもまた嬉しくて、幸村は帽子を胸に抱いて笑った。
「どうだい?似合う?」
幸村が姿見の前で帽子を被ってくるりと回った。
この帽子は思い出ごと赤也に託すと決めてある。
にこにこしながら幸村が振り返ると、
「ハハハ!似合わんな!」
真田は思い切って大笑した。
幸村の隣に立って一緒に姿見を覗く。帽子を取って丸椅子に置いた。
「見てみろ。これが一番似合うぞ」
「うん…?」
言われた通り、幸村は鏡の中に並んで映る自分たちを見つめた。
真田は誇らしげな顔つきで幸村の肩を抱いた。
「あのね…おもちゃを欲しがる子どもの気を逸らそうっていう、そんな目で俺を見ていないだろうな?…でもまぁ、わかったよ」
ツンと横を向いた幸村の頬が赤かった。
