故意(恋)の風紀違反
幸村がひとたび保健室を訪ねれば、養護教諭は回転式の丸椅子から立ち上がってうやうやしく迎えた。
奇跡ともいえる幸村の復帰は、一部の女性教諭の心をつかんでいるようだった。
幸村が微笑みながら二言三言伝えると、不思議なことに彼女はあっさり保健室を引き渡した。
「何を言った?」
「ただ、1時間ほど休みたいって。真田"くん"がいれば安心だからって。それだけ」
幸村はさっそくベッドに横になるとまぶたを閉じた。
真田は厳格な風紀委員を隠れ蓑にして悪い事をするが、幸村は独特のオーラをもって人を動かせるようだ。そんな場面は小さい頃からいくらでも見てきたから、今さら真田も驚かない。
ーーー入院中にしてほしかったことがあるんだ。
陰気臭い図書室で熱望の眼差しを向けられて、気づけば真田はここにいる。
「部長としての俺と、病人としての俺の使い分けは時々疲れたんだ。やさしく頭をなでてくれる何かがほしいと弱気に思うこともあったんだよ」
真田はそっと艷やかな髪を撫でた。
しばらく撫でながら、自然と添い寝の形をとった。
すると幸村が正面から抱きしめてきて、
「こうしたかった。なにもかも投げ捨てて、おまえと。言えないだろ?テニスも治療も諦めるなって真っ直ぐに励まされていたら、なあ…?」
胸元に額を押しあてた。
もし言われていたら、幸村の白い頬に手を上げて目を覚させようとしただろうか。
あるいは電話越しで、「気でも狂ったか」と冷たく受話器を置いただろうか。
当時の自分に思いを巡らせた。
「ふふ…真田はやさしいから、もしかしたらもしかすると俺の言いなりになったかも知れないね。でもそれでは憐れみを受けるみたいで嫌だと思いとどまったよ」
幸村が、唇に触れるだけのキスをした。
「幻滅したかい?テニス以外が生きる原動力になっていた俺を。真田とは元気になってからの方がぜったい楽しいに決まってるからね」
薄暗い夜の病院の公衆電話に向き合う幸村を想像した。
あの日、幸村はほとんど告白に近い感情をぶつけてきた。今思うとなんて心細い場所だったろう。
真田は天にも昇る心地になったが、あの時強制的に通話が切れてよかったと思う。
二人の吸う空気があまりに遠すぎた。
真田は想像の中の幸村の薄い肩にそっと立海ジャージをかけてやった。
