故意(恋)の風紀違反


全国大会が終わって部活を引退して、残りの中学生活をのんびり過ごしていた頃だった。
ここから見える向かいの中学校舎には、"祝男子テニス部全国大会準優勝"の垂れ幕が下がっている。

「ここ…大丈夫かい?」

幸村が真田に連れられて来たのは、屋上プールだ。
少し前まで使っていたのだろう。裸足の足裏が濡れた。

「いいから来い」

幸村は垂れ幕から目を離すと、差し出された真田の手を取って、プールの縁(ふち)に座って足を水に入れた。

「夏の悪い事といえばここだと勧められてな」

真田に悪知恵をつけたのは誰だろう。
二人きりのプールサイドがこんなにドキドキするとは思わなかった。
足を上下に揺らして水面をちゃぷちゃぷさせながら、何を話そうか考えた。

「幸村」

少し緊張感のあるこの呼び声を幸村は知っている。
病室で、厳しくも優しく励まし続けてくれた真田の声は、幸村にとって特別だ。

「おまえの言う悪い事に少しは付き合えただろうか」

「うん。上出来だ」

夏の真昼の空を仰いだ。
真田とふたり、昼休みにこっそり忍び込んだ屋上プール。長かった入院生活を思えば、なんて心が満たされる時間だろう。

「そうだよ。真田、キミがいれば…」

突然込み上げてきた感情を隠しようがなかった。

「いやだな…疲れてるのかな」

ごしごしとまぶたを擦ったら、真田に止められた。

「幸村。悪い事の本当の意味を教えてもらおうか。せっかく元気になったのだ。もっと自由になってほしい」

真田は幸村の気持ちをわかっている。
わかっていて、幸村の口からそれを言わせようとしていた。幸村を諦めずに支え続けた真田の唯一のわがままだった。
これに応えるのが真田への恩返しだとわかったとき、幸村に迷いはなかった。
たぶん幼稚園以来触る機会がなかった真田の頬に手を添えて、唇を重ねた。

「好きだよ真田。そうだな…これより先に進みたいと思ってる。ふふ、これが俺のやりたかった悪いこと。病室で考えてた。さあ、真田。どうする?」

離れたばかりの真田の唇を見つめた。
ドキドキしながら返事を待っていると、

「…わっ!真田!鼻血、鼻血出てる!」

幸村はあわててポケットからハンカチを取り出した。
きっと暑さのせいだと思って、ぼんやりとした様子の真田を支えながら屋上プールを後にした。
真田から返事をもらえたのは、鼻血が止まってすぐのことだった。
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