こねまわして!愛ス
―-―-―-
「目を覚まされましたね」
穏和な柳生の声に、俺ははっきりと瞼を開けた。
「急に眠ってしまわれて」
入院が長いと、いろいろ考えてしまう。 考えている内に、いつの間にか眠ってしまう事が多くて困る。
「うん、ごめん」
言いながら、それとなく室内を見回した。
「ピヨ」
仁王が、ずいと携帯画面を眼前に差し出してきた。
『これから学校を出る。 それまで幸村を頼む。 真田』
ニヤニヤしている仁王に携帯を押し返してやった。 なにが、偉そうに「頼む」だ。
仁王は、俺と真田の関係を知ってる。 俺も仁王と柳生の関係を知ってるから、お互いの首根っこをおさえて、面白がっている仲だ。
「真田くん、幸村くんの分まで頑張っていますよ」
「幸村のために、の間違いじゃき。真田の手綱はおまえさんしか握れんしの。毎日怒鳴りすぎてて耳イタイ」
「それは、ふざけている仁王くんにも責任があるのでは」
呆れ顔の柳生はいつものこと。
「苦労かける…あ…」
おれは仁王と笑い合った。
と、首をかしげる柳生を見て、
「おまえさんにも苦労かけるの」
仁王が肩をたたいて、何やら耳にコソコソ話すと、柳生がふつりと黙りこんでしまったのが面白い。 面白いけど、そんな些細なやりとりが、今の俺には急に蚊帳の外に置かれたみたいな気分になる。
柳生が仁王を前にして、少し俯いて眼鏡を指で上げるのは、照れ隠しだ。 これはきっと、柳も知らないデータだろう。
仲良く小競合いを続ける二人をよそに、俺はそろそろ暴れ牛を捕まえる準備を始める。
枕に巻いていたタオルを取って、気持ちを落ち着かせた。
ほら、直にノックがして…
「待たせたな」
「別に待ってないよ。呼んでないし」
「む…」
タオルを放った。 走って来たの、バレバレなんだよ。 汗の臭いとか、やめてほしいんだよ。 俺のからだに障るから…
「すまない」
真田は、当たり前のように俺のタオルで汗を拭う。 みろ、柳生が怪訝な顔をしてるじゃないか。 少しは嫌な顔するとか、突き返すとかしてくれないと、俺が変な風に見られるじゃないか。
「幸村、具合はどうだ」
「まあね」
「良いか悪いか、あるだろう」
「べつに」
「まあ…いい」
「……」
「……」
話す事なんて、それほど無いんだ。 俺が話せば、真田も話すといった感じ。 今日は、仁王と柳生がいるからっていうのもあるかもしれない。
「真田くん、電話が」
忙しい奴だな。 シャツの背中に染みた汗を見て思った。 俺みたいに適当にやらないと、立海の部長は務まらないよ。
「―-―すまない。赤也がやらかした。すぐに戻らなければならなくなった。蓮二もジャッカルもお手上げらしいからな」
「そう」
引き止めたって無駄だろうから、言わない。
「柳生、行くぞ」
「え、私もですか?!」
「人数は多い方が良いからな、行くぞ」
「わかりました。下でタクシーを呼んできます。では幸村くん、また」
「苦労かけるね」
柳生を見送ってから、帽子を被り直している真田に視線を移す。 汗が、黒い帽子に白いシミをつくっていた。
さっき来たばかりじゃないか。 すぐに行かなくたって平気だよ。 俺のいないテニス部がそんなに大事? 言ってやりたい事は、たくさんあるんだ。
「幸村」
肩から落ちかけてたカーディガンを、かけ直してくれた。 早く行きたくて仕方ないくせに。
「行ってらっしゃい」
だから俺が促してやるんだ。 そうすれば、真田はほっとしたように、
「ああ、行ってくる」
シャツの乾く暇のないまま、さっさと行ってしまった。 タオルを持ち帰ってくれたのが、せめてもの救いだった。