結婚しようよ!



幸村が、勧められるまま「湯浴(ゆあ)み」からもどると真田はいなかった。

寝室となる和室には、当然のように二組の敷布団が並べてある。
小さい頃は、旅館に泊まりに来たみたいでわくわくして寝たのを覚えている。

(今は苦しいくらいだ…)

い草の香りが部屋いっぱいに広がっていて、幸村は息を吸い込んだ。最近畳を新調したばかりだと真田が言っていた。

するりと障子戸が開いて、真田がもどってきた。
彼もまた湯上がりで、清潔感のある白のパジャマはお揃いだった。
それが恥ずかしくて、幸村は肌触りのいいコットン素材の袖口を口元にあてた。

白…空虚なイメージもある色だが、幸村の目に映る白は、新しいスタートを予感させた。
これが白無垢代わりなら、二人とも相手の家風に染まる決意の表れになるだろう…

「ん?ああ、おまえのは来客用の檜風呂だぞ」

「そう…いいお湯だったよ」

「留守のお祖父さんには内緒だぞ」

真田はいたずらっぽく、フンと鼻を鳴らした。
幸村は、どこか楽しそうに行き過ぎる彼の横顔を盗み見ていた。

その無骨な手が、文机の一輪挿しに活けていたのは黄色のフリージアだ。

「あ、かわいい。卒業シーズンらしくていいよ」

幸村は、ぱっと表情を明るくした。
これからはじまる行動を思えば、少しでも気分を和らげてほしいという真田のやさしさだったに違いない。
実際、息が詰まるほど愛されている最中に、幸村はこっそりこの黄色い花を瞳に映している。

花の向きがなかなか定まらないのか、真田は花瓶から手を離せないでいる。

「ふふ、もう少し口の狭い一輪挿しがよかったね。ほら。……」

思わず手を出したら、手と手が触れた。
どうしていいかわからなくて、うつ向く幸村に、

「はじめよう」

真田のそのひと言が、幸村をこれまでの苦しみから解放した。
13/14ページ
スキ