結婚しようよ!


テニスコートがある限り、俺たちは何度だって出会ってしまう。
あの一件から、幸村とは卒業式を迎えた今日までまともに口を利かなかった。
すべて振り出しにもどったのだと思っていた。

テニスコートに幸村はいた。
肩に羽織ったジャージがなびくのを、俺は少し離れた所からその様子を見ていた。
幸村は静かにそこにいた。
ラケットを握った右手をだらりと下げたまま動かない。まるで全身を目のようにして、一心にネットの向こう側を注視しているようだ。

俺は思わず辺りを見回した。
いるはずのない幸村の対戦相手を探したのだ。
俺の足はひとりでに、一歩また一歩と踏み出していた。

「幸村…」

そっとつぶやいたつもりだった。
幸村は驚いた顔をして振り返った。

「すまん…来てはいけないと思いつつ、じっとしていられなかった」

おまえのひたすらな視線の先に俺を映して欲しかった、とはとても言えない。
あの一件がある。おこがましいのはわかっている。

「さあ、タイブレークだ。次はおまえのサーブ権。真田、いつの間にか威力が増しているね。これを受けるのは俺も…」

幸村が再びネットの向こう側を見据えた時、その瞳は色を映していなかった。
俺は大きな一歩を踏み出して、幸村の体を描き抱いた。

「もう来てくれないと思っていたよ」

「俺がそんな腑抜けなわけないだろう」

「だめだなぁ。たぶん俺、今の試合キミに負けた」

「フン…悪い気はせんぞ」

幸村の体を離して、少しばかり見下ろした。

「…現実じゃないんだから喜ぶなよ」

幸村はそう言ったが、俺はうれしかった。
幸村も、まんざらでもない顔をしていた。
俺は俄然、自信がわいてきた。

「どんなかたちであれ、俺がおまえに勝った事の意味は大きいぞ」

「知ってる」

「ならば」

「幸村精市は真田弦一郎が大好きです」

幸村の両手に頬を包まれて、唇が重なった。

「俺は…真田弦一郎は、幸村精市を…」

「もう…泣くなよゲンイチロー」

中三になってしまった俺たちには、「結婚」の二文字は言葉にできなかった。
それでも、幸村の泣き笑いがキラキラ輝いているのをみて、もう他のことが考えられなくなった。
無茶を言うのを迷わなかったつもりだ。

「また、家に来てくれないだろうか」

「それじゃぁ微温いよ。真田なら…ね」

赤くなった幸村が顔を隠そうとするのを、手首をとって胸元に引き寄せた。

「家に来い。来るんだ、幸村」

幸村の喉が小さくひゅっと鳴った。
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