結婚しようよ!


幸村を家に誘う。
ただそれだけの事がこんなに重圧を感じる。
おそらく幸村は俺の買い物に気づいただろう。
その証拠に、店を出てからここまでの帰り道、幸村は急によそよそしくなった。

勢いだけでアレを買ってしまった。
普段の俺なら考えられない、顔から火が出るような行動もできてしまった事に驚いている。
一途に、これから必要だという単純な動機だった。
しかし幸村がいる前でというのは配慮に欠けた。
まっしぐらになると熱くなりすぎるのは俺の悪い癖だ。反省した。


自宅に着いて、玄関の引き戸を開けた。

「ぁ…ふふ、そうそう」 

幸村が大きく息を吸った。

「思い出した。真田の家のにおい」

ね、と首を傾げて目を細める幸村に、俺の心臓は高鳴った。

「上がってくれ」

幸村が靴を脱ぐ間も惜しくて、手首を掴んで引っ張った。

「ちょっと…あいさつは?」

「どうせ誰もいない」

「…!そんな、聞いてない」

自室に連れ込んだ。
立ちすくむ幸村に、

「俺のものになってくれないか!」

面と向かって言ってしまってから、意を決して幸村の両手を握った。

「俺は!ずっとおまえが好きなんだ!」

きっと手汗がすごいだろうに、幸村は嫌がりもしないでそのままでいてくれた。

「幸村…!」

「…無茶を言うなよ」

「言わなければわからんだろう!おまえは!」

俺が次に幸村を見たとき、幸村は畳に倒れていた。
左頬の痛みと口内の鉄の味は、せめてもの幸村の抵抗だ。ぎりぎりのところで、幸村は俺を救ってくれた。

『ボク、ゆきむらくんとけっこんする。ぜったい大切にするんだ!テニスといっしょにぜったいあきらめないから!』

母親の前で宣言したような気もするし、"幸村くん"に詰め寄ったような気もする。

『じゃあね、ぼくに勝ったらいいよ』

きっと幸村ならそう言った。
今の幸村も、何かとそうだからだ。
シャツのボタンをはめながら、幸村はやさしく声をかけてくれた。

「痛むかい?真田」

「………」

情けないことに、俺は幸村から顔を背けた。

「ごめんね、ごめん」

なぜおまえが泣いて謝るのだ。
どうして俺は涙のひとつ出てこない。
とうとう、家を出て行く幸村を放っておくしかできなかった。
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