結婚しようよ!


音のない静かな雨だ。
外も、校内もしんとしている。

「淋しい雨だね。台風来るかな」

「予報では直撃はしないようだ。風が強まらなければいいが」

「このまま帰れなくなったら学校に泊まったりして」

俺たちは非常階段の踊り場に座って体を寄せ合っていた。
話さなくとも、俺たちに帰宅を急ぐという選択肢はなかった。

「ちょっとわくわくしないかい?」

幸村の頭の中は、泊まる未来を描いているらしい。

「どきどきの間違いではないか」

俺は幸村の手を握った。

「真田、おばけ怖いんだ?」

「な、違うぞ!そういう意味ではない!」

この場所は声がよく響く。
しいっと口もとに指を立てて幸村がきゃっと笑った。
俺はむうっとして、歯ぎしりした。
込み上げる衝動を抑える無意識の行動だ。

「真田はかわいいな。デカくなっても変わらない」

「俺はおまえの手のひらで転がされっぱなしだぞ」

「そろそろ俺も転がされてみたい。我慢に疲れた。ねえ、真田は?」

戸惑いとおびえの入り混じった幸村は、頬を染めていた。
それを受けて、俺もきっと同じような表情を返しているに違いなかった。

「…俺も疲れたぞ。幸村」

男女なら、迷わずこわがらず、物事が進むのだろうか。

「あれ?雨止んだみたいだ」

幸村が立ち上がって窓を開けた。

「なんだ、全然台風じゃない…」

がっかりした幸村につられて、俺も窓に寄った。
どうやら出鼻をくじかれたようだ。

「あ、雲が晴れてる…見て!虹が出てる」

まあ、これもまた貴重な時間だと思って窓の外を見た。

「む…!見たか幸村!高跳びの…今!跳んだぞ!跳べたぞ幸村!」

思わず幸村の腕を組んでいた。
自分でもびっくりするほど喜ばしいのがふしぎだった。

「あ、真田あれ」

見れば、彼女が両手を広げて手を振っているではないか。

「何だ。案外可愛らしいところがあるじゃないか」

「…虹、消えちゃったんだけど」

幸村が急に不機嫌になった。

「手でも振り返したら?」

組んだ腕を離そうとする幸村を、後ろから抱きしめた。

「ちょっと…真田…」

「放っておけ」

彼女なら大丈夫だという確信があった。
俺は今、初めて幸村に出会った頃のような気持ちでいっぱいだった。
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