結婚しようよ!
大好きな"幸村くん"の興味が俺から離れたのは、これが初めてではなかった。
小学校に入学した年、"幸村くん"はテニススクールをたまに休むようになった。
『ゲンイチローくんとテニスできてうれしいな!毎日いっしょにテニスできればいいのに』
幸村はそう言ったが、俺はすでにテニスだけでなく、"幸村くん"と毎日会えればいいなと思っていた。
週三回のスクールだけでは物足りなくなっていた。
『どうして休んでたの?』
俺は少し怒ってきいた。
『もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだよ。お母さんのお見まいに行ってるんだ』
『赤ちゃん…?』
幸村を夢中にさせる赤ちゃんというのがどんな存在なのかわからなかった。
『スクール休むなんてだめだよ。二人で強くなるって約束したじゃないか!』
この頃にはもう、「けっこん」とはしゃがなくなっていたが、言うなれば二人でテニスを続けることが俺にとって結婚指輪のような感覚だった。
幸村を許せなかった俺は、幸村がスクールを休んだ日はがむしゃらに練習した。
強くなって幸村に勝てば、幸村はまた俺に振り向いてくれると思っていた。
勝つどころか、惨敗だった。
下手な練習で努力が成果に繋がらないのだ。
幸村からの返球を追いかけて追いかけて、何度も転んだ。
『ばんそうこ、貼ってあげるから。泣かないでゲンイチローくん』
俺が負けても幸村は振り向いてくれた。
うれしいのか悔しいのかわからない涙があふれて止まらなかった。
幸村は、歳の離れた俺の兄がそうするように、やさしく俺の頭をぽんぽんした。
それから赤ちゃんが生まれて、スクールに連れて来ていたのを間近に見た。
あんなに幼気(いとけ)ない赤ちゃん相手に張り合った自分が恥ずかしかった。
それに、俺より十ヶ月も遅く生まれたはずの幸村が、急にしっかりした雰囲気に変わって見えた。
『幸村くんってかっこいい…』
『ほんとう?!かっこいいって言われるのはじめて。ありがとう!ぼくうれしい』
ぎゅっと手を握られて、ドキドキした。
赤ちゃんが泣いた。
幸村は駆けだそうとして足を止めた。
俺の手を引いて赤ちゃんに俺を紹介しはじめた。
『はい、仲直りして』
言われたとおり指を一本差し出すと、赤ちゃんは小さな手で握ってくれた。
『あら?いつの間に喧嘩したの?』
二人の母親は、ふしぎそうに笑っていた。
