結婚しようよ!


部活中は人の顔よりテニスボールしか見ていないような幸村に、変化の兆しを感じたのは中二の夏だった。

「幸村君がよそ見なんてめずらしいだろぃ」

「ねぇ!幸村部長!ちゃんと見てました?今の!俺のナイスプレー!」

「ああ、ごめんね。ちょっと目を離してた。赤也、今度はちゃんと見ていてあげるから、またやってごらんよ」

「無茶言わないでくださいよ…そんな簡単に何度もいくわけねェって。部長に見ててほしかったのに…」

俺は幸村を咎(とが)める代わりに、拗ねる赤也を叱った。

「赤也!やってもみないで諦めるな!偶然にするな!物にせんか!丸井!できるまで付き合ってやれ!」

はじめは面倒がった丸井も、幸村に手を合わせられれば困り笑顔で従った。
俺は幸村とテニスコートを離れた。

「あれでは困るぞ」

幸村の横顔を目だけで見た。 
俺は、わざわざ陸上部のよく見える位置に幸村を連れて来ていた。
とりわけ、トラックの外側の片隅で走り高跳びを繰り返す女子が目に付いた。

「彼女ね、もう春からずっとあの高さを跳べていない。きっとアザだらけだろうね」

「しかしあれではまだまだ先が遠いようだ」

「跳べたらうれしいな。きっとしなやかで美しい背面跳びを見せてくれるよ」

「彼女が好きなのだろう」

俺はそこでようやく幸村の表情を探った。

「そういうのは考えたことなかった。それも、よりによってキミの口から聞かされるなんてね」

「好きなんだな」

「あんまり頑張り屋だから、陰ながら応援しているだけさ」

俺はもう一度彼女を見た。
たった一人で、落ちた棒を拾っては掛け直して助走をつけて跳ぶ。長い棒が彼女の背中や足に当たって、しなりながら落ちた。
どう見ても目標が高望みすぎる。
無茶をやめない彼女に心を寄せる幸村の隣で、俺は言いようのない不安を募らせた。
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