結婚しようよ!


『ゲンイチローくん、だいすき!』

『ボクも、だいすき!』

『『けっこん、けっこん、けっこん!!』』

幸村と出会ったのは四才で、俺たちはテニススクールが終わると、いつも決まってこんなやりとりをしていた。
帰り際になると、向かい合って、両手をつないで、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
二人の母親は、それを見ていつも微笑(わら)っていた。

小学校入学までそれはつづいたと思う。
思う、というのは、どうしても今の幸村が俺の頭の中にいるから、子供の遊びとわかっていても幸村とそんなやりとりが叶っていたなんて、夢ではないかと疑ってしまうのだ。
しかし何かの拍子に、母がふと懐かしそうに口に出して俺に聞かせるから間違いないのだろう。 

「精市くん、しばらく会ってないから大きくなったでしょうね?」

母の中の幸村は、おそらく小学二年で止まっている。
俺たちは小学三年から、スクールまでの途中の駅ホームで待ち合わせて通うようになったからだ。
互いの小学校は違うから、案外親同士の交流は自然と疎遠になったらしい。
親子で顔を合わせる機会はなくなっていった。

俺もだんだん母の前で幸村の話をしなくなった。 
中学にもなれば大抵の男子はそうだろう。
立海大付属に入学する最大の理由は、幸村が決めたからだとは言わなかった。

「大人になったら"けっこん"するんだって、なかなか帰ろうとしないから可笑しくて」

放っておけば、母はいつまでも幼い俺たちを懐かしがった。
それならと俺は、母に目を覚ましてもらうつもりで、中学入学の折に、幸村と写った写真を見せた。

「あなた、全然カメラ目線じゃない」

幸村を見てほしかった俺は機嫌を損ねて、笑いが止まらない母の手から写真を取ると、さっさと自室に籠もった。
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