落花流水〜ハジメテ〜



それから次の会合まで待ち切れなくなったのは、跡部の方だった。
立海大付属中を訪れて、幸村に文句のひとつでも言わないと気が済まない。

(なぜ俺様が出向かないといけない?幸村の方が俺様に首ったけなんじゃねぇのか…?)

氷帝の部活がオフの水曜日に、生徒会の仕事を前倒しにして時間をつくった。
脳裏にちらつく幸村の存在は、多忙な跡部の心を煩わせていた。


「跡部…忙しいんやろ?花の世話くらい誰かにやらせといたらええんとちゃう?」

最近、柄にもなく土いじりをやりはじめた跡部の背中に話しかけたのは忍足だ。
跡部の心境の変化に、ついプライベートに触れてみたくなったのだろう。

「俺の仕事だ。誰も手を出すんじゃねぇ。ハ…!完璧な肥料と水やりじゃねーの。ほぅら咲いたぜ!」

「ほんまや…もう蕾のまま咲かんと思うて諦めとったのに」

二人は花壇の前で屈み込んだ。

「昨日の雨でしっぽり濡れて、開いた花びらが水を弾いてキラキラやわ。なんや…こない綺麗に咲かせてくれた跡部にお礼言うてるみたいやなぁ」

「…おまえは花に何を重ねてんだ」

「跡部が安アパートに囲っとる子、誰やねん」

核心を突かれて、跡部は赤くなった。
狭い部屋の一つ布団の上で、生まれたままの姿の幸村が転がっている光景がありありと目に浮かんだ。
恋路に関しては、忍足は目ざとい。

「名前だけでも教えてや」

誰にも言えない恋の話が、こんなに楽しいなんて知らなかった。その点だけは、忍足に感謝した。

「…ユキ」

ぽそりと言った。

「優しい響きでえぇ名前やな。清楚でふんわりしてそうやわ。雪…冬の神秘的な美しさが伝わるわ。俺やったら透明感のある肌までイメージしてまうわ」

「よくわかってるじゃねぇの」

跡部は、心の中ではしゃいだ。

「幸…しあわせを祈ってつけられたんやろうなぁ?」

忍足の目が探るようにこちらを見た。
まずいと思って、再び土をいじる手を動かした。

「…初めてだぜ、こういうのは。おまえなら、どう例えるんだ」

「せやなぁ…落花流水の情とか、どないやろ。二人に似合うんやない?」

相思相愛というと薄っぺらい感じがしたから、良い事を聞いた。
これなら幸村も気に入るだろうと思う。
そう、流れる水に身を任せていればいいのだ。


ちょうどその頃、幸村は立海のテニスコートサイドで真剣な面持ちでつぶやいていた。

「水曜日ってオフだったよなぁ。なにしてるんだろ…」

心が他に向いている。
幸村が部活中にも関わらず、部長の顔を離れた珍しい瞬間だった。


end



落花流水
散る花が流れに身を任せたいと願い、流れる水も花を乗せていきたいと願うように…
相手を思う気持ちがあれば、相手にも同じ気持ちが生まれ、想いが通じ合うものだ。

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