空想よりもおもしろい



「じゃあ…また?」

「アーン、また、だろ」

翌朝、跡部はへそを曲げていた。
意外にも、幸村はもう帰ると言い張って聞かないからだ。
跡部としては、今日も丸一日幸村を手元に置いておくつもりでいたから、機嫌が悪い。もしかすると、幸村は自分をたいして好きではないのかも知れないとまで思ってしまう。
なにもこんな早くに帰らなくてもと詰め寄ると、

「友達と約束があるんだ」

悪びれる様子もなくそう言って、ラケットバッグを肩にかけた。

「チッ」

恋人よりも友人か。
あまり知る人はいないが、跡部は結構こういう事を気にする。恋人なら、互いに相手を一番に考えるのが理想としている。
いちいち、「どこへ行く」「何時に帰る」と聞いて相手に苦い顔をされるタイプだろう。
そんな跡部の想いも知ってか知らずか、幸村はにこにこしながら、

「跡部、こっち」

手招きされて一歩進むと、シルクのシャツの襟をつかまれる。 やわらかい唇が、跡部の口を塞いだ。シャンプーの残り香が、鼻をくすぐる。

「てめ…」

「ふふ、またな」

玄関を出ていった幸村の背中を、唇をそっと指でなぞって見送った。



玄関から門までの広すぎる庭を眺めながら、幸村はぼうっと歩いた。 きれいに整えられた芝生や、噴水の水が朝日にキラキラしている。

(夢? )

昨日からの跡部とのあれこれを思えば、そうなってもおかしくない。

「幸村さま」

後を追ってきた爺が、持っていた花束を差し出した。

「ありがとうございます」

「いえ、景吾様がお渡しするようにと」

花束を受け取ると、

「これからも景吾様と仲良くして下さいませ」

手をとられてしまった。

「はい。よろしくお伝えください」

言いつつ、自分で渡しに来いよなと思う。
老人は嬉しそうな顔をして、深々と頭を下げて見送ってくれた。

ようやく門を出ると、幸村はプッと吹き出してしまった。 花束の中身は、チューリップでいっぱいだったのだ。それも、赤、白、黄色の定番のやつ。

「もしもし、丸井?早く起きろよ。食べ放題行くんだろ?」

朝食をご馳走にならなかったから、お腹がすいた。こんな花束恥ずかしいから、早く家に置いてケーキバイキングに直行だ。


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