幸村のいる家



真田は走っていた。
明日は日本を離れる。
日本を離れるという事は幸村と離れるという事だ。
じっとしていれられなくて、家を出た。
朝の八時を過ぎていたが、幸村はまだ眠っている。
夜通し幸村を布団から離さなかったから当然だろう。

この辺は中学高校と、よく幸村と肩を並べて走っていた。海が近いし、きれいに舗装整備されていて景色に飽きない。
夜景も綺麗で、遠くの高層ビル群の明かりや停泊している船の輝きが恋人たちの目を楽しませた。


高校生になって初めて幸村と二人だけで夜景を見た。
昼間とは打って変わった風景に感動したのを覚えている。
隣で海を眺める幸村の横顔も、いつもと違って見えた。その頬にキスをしたのは本能的だった。
幸村はびっくりしていた。
それもそのはず、肌の接触はこれが初めてだった。

真田に恋愛を教えてくれたのは幸村だった。
後にも先にも幸村しかいないと思っている。
小さい頃から、幸村が大切だった。


走る先に意外な人物がいた。
真田がゆっくりと歩みを止めると、相手も気がついて体の向きを変えた。

「優勝おめでとう」

手塚国光は、何の含みもなく賛辞を贈った。
真田は被っていた帽子を取ってあいさつ代わりとした。

「まさかそれを言いに来たわけではなかろう」

真田が指摘すると、手塚は一瞥して、再び波間に揺らめく太陽の光に視線を移した。

「おまえの口から、きちんと薬を飲むように言ってやれ。それだけだ」

「幸村に限ってそんなはずないだろう」

「生きるのを疎(おろそ)かにさせるな」

さみしいと、人はこわれやすい。
手塚は、幸村の危うさを肌で感じていた。
真田にどこまで伝わったかわからないが。

「勝利あるのみ」

きっぱり言い切る真田に目を見張る。
少しも伝わっていないかといえばそうではない。
真田が優勝したテレビの前で見せた幸村の笑顔を思い出した。
頬にキスをしてしまったのだ。
手塚の固い理性を砕くほど、幸村の生きた笑顔が弾けていたから。

「おまえ達らしい良い選択だ」

手塚は真田に背を向けて走り出した。
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