幸村のいる家
「真田、起きて。跡部帰っちゃったよ」
幸村が揺すっても、真田は目覚めようとしなかった。
意識はある。幸村の言い様が気に入らない。
跡部が帰った。それはいい。
帰ってしまったから次はおまえだ、というのでは起きてやれない。
「なんだよ…」
幸村が下を脱がしにかかった。
下半身はさらされてしまった。
幸村の視線ひとつでそこは勃つようになっている。
「…もうすぐ手塚もドイツに行ってしまうんだって」
手のひらで包んで、幸村がまた余計な口をきいた。
「跡部はおまえと一緒だし」
口に咥えられた。
腸壁のうごめきも格別だが、口の中は幸村の思い通りにできる。意地悪する日もあれば、可愛がってくれる日もある。
どちらにしても幸村のする事なら喜びしかない。
真田は、今日はどうだろうと待ち望んだ。
待てども待てども、期待している事態がなかなか起こらない。
(……?)
耐えきれず瞼を開けた。
今日は焦らされるのかと思っていたら違った。
咥えたまま、幸村はぽろぽろ涙をこぼしていた。
びっくりして、体の上に引っ張り上げた。
「ふふ…起きたぁ」
笑顔を見せたが、嘘泣きではないだろう。
わけがわからなくて、幸村の唇を親指の腹で拭ってキスをした。
体を起こして、幸村を膝に座らせた。
探るように見つめ合う。
「勘違いするなよ?うれし涙だからね。うん、ほんと…真田がプロになって、勝ったから。だれだよ…予想外の勝利なんていったヤツ。ほら、俺はちゃんと知ってたよ?真田弦一郎はこんなにすごいんだ」
幸村はしゃべりながら、また目にいっぱいの涙をためた。
「だから起きてよ。なぁ…次はいつ帰って来る?」
「幸村…」
「俺、なんでもするよ…?できるもん。おまえの喜ぶこと。あは…帰りたくなくなっても知らないから」
かなしい誘い文句に、真田の胸は痛んだ。
この家で帰りを待つのもつらくなるほど、自分は愛されているのだ。
「何でもか」
「あたりまえだろ。おまえの事で俺ができないわけないだろ」
人差し指を額に当てられた。
色気あふれる眼差しがそこにあった。
好きにしてくれといっているのだ。
真田が喜ぶことは、幸村も喜ぶことなのだ。
向きを変えて、幸村を後ろから抱きしめた。
「……なにする気?」
「おまえの喜ぶ事だ」
とは言わない。
「俺がおまえを離したくなくなる事をする」
「ほんとに…?」
喜びとさみしさが極まって、泣き出しそうな幸村の頭をなでた。
明後日、真田は再び日本を発つ。
