幸村のいる家


「ただいま」

くたくたになって帰ってみると、真田の姿がない。
跡部がソファーで長い足を組んでいた。

「遅ぇぞ。連絡くらい入れろ」

「すぐ帰るつもりだったんだよ」

そっと隣の和室の襖を少し開けた。
寝苦しそうな顔つきで寝息を立てる真田を確認して、そっと閉めた。

「知らなかったな。真田と仲よくしてたなんて」

「勘違いすんなよ。人助けだ。異国はヤツには孤独だ」

「お茶淹れるけど」

「ワイン」

跡部はカウンターチェアに移ると、キッチンでうろうろする幸村を目で追った。
腰つきから、すでに真田に抱かれているのがわかってしまう。その腰にまだ違和感が残っているのかと思うと、妙な気分になってくる。
熱いお茶が出てきた。

「キミの舌に合うワインなんてないからね」

幸村はちろっと舌を出して、洋食器に並べた十円饅頭を一つ口に入れてから跡部の前に置いた。

「何とかなんねぇのか…」

それもドイツのマイセンだ。花柄はマーガレットなのが幸村らしい。
跡部は眉をひそめながら、饅頭に刺さった爪楊枝をつまんで口に運んだ。
饅頭自体は美味い。

「俺と真田が一緒にいるんだからね」

こうもなるよと、得意気な顔をされた。
跡部が思っていたより、幸村の方が真田に"ほの字"だとしたらどうだろう。

ーーー対戦相手は全て幸村だと思って挑んでいる。そのくせ、幸村と共に勝利をつかんでいく心構えだ

気恥ずかしくて幸村には言えないが、と帰国の飛行機で、デカい体を丸くして真田が漏らしていたのを思い出す。
冷やかし半分で、そっくりそのまま記事にしたらウケるんじゃねぇのと、紙とペンを取り出すと、すごい勢いで止められた。

「幸村おまえ…」

「んー?」

カウンター越しの幸村は、心ここにあらずの返事をした。窓の外の夕焼けを見ている。
頬杖をついた横顔からは、今夜もまた抱かれる気配が滲み出ていた。
跡部は無理やり目をそらした。興味を断ち切りたかったのだ。

地域のチャイムが子どもたちに帰宅時間を促している。日の入り前には跡部もこの家を去らなければいけない。
これから真田も忙しくなるだろう。
二人の邪魔をしてはいけないのが、この家に通い続けるためのルールだ。
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