幸村のいる家
「うそだろ…すご…ほんとに勝っちゃった」
衛星放送で観戦していたテニスの大会。
最終局面でのアナウンサーの自論に幸村も賛成だった。
『いやあ…正直ここまで粘ってくるとは思いませんでしたから、真田のメンタルの強さに驚く限りです。これはもう、相手選手にとっては強烈なプレッシャーになるでしょうねぇ。真田のリターンが勝敗を決します』
相手のラケットにボールを一切触れさせない、完全無欠のリターンエースだった。
「いいプレーだ」
隣で観ていた手塚は、幸村の肩に手を置いて立っていった。余計な言葉を削いだこの男の評価を真田にも聞かせてやりたい。
『見事優勝を手にした真田選手ですが、聞いた話によりますと、未だに勝てない選手がいるとか。残念ながらテニス界にはいないという事ですが。なんでも、その相手を思い出しながらいつも試合に挑むという話を以前しておりまして、大変興味深いエピソードですねぇ』
『先ほどのインタビューでも、その選手に向けて感謝の意を表すると話していました。真田選手、ふだんあまり表情を動かさないんですが、自然な笑顔をカメラに向けてくれました。ファンとしては気になるところですね。真田弦一郎、見事優勝を飾りました』
幸村は両手を前に突き出して伸びをした。
実に四時間超えの試合は、見ている側も手に汗握る展開で目が離せなかった。
「ほら手塚、いわれてるよ。今度打ってやってよ。喜ぶから」
テレビ画面を指差した。
手塚は、熱いお茶が入った湯呑みをローテーブルに置いた。
「あいつから、もう二度とやらんと言われている」
「それ、中学の全国だろ?」
「それに俺は負けている」
「負けを認めないみたいな口ぶりだ。キミらしくもない」
「負けは負けだ」
「あーあ…真田が優勝だってさ…」
くつくつ笑う幸村の横顔に、キスをしたのは手塚にとって初めての行動だった。
「え、え…?酔ってるのかい?」
空いているのは缶ビール一本だけ。
これだけで手塚は酔わない。
「いい笑顔だ」
レンズの奥の眼差しがやさしい。
「………真田に伝えておくよ」
帰り際、キッチンに置きっぱなしになっている薬袋を視線で指した手塚に、
「いいから。大丈夫だから」
背中を押して、玄関の外に追い出した。
"直帰する"
真田からメッセージが届いたのは、手塚が帰って間もなくだった。
