桜若葉の下で
桜の花が散り若葉が出始めた頃、幸村は男子テニス部のコートに返り咲いた。
「次は蓮二の番だよ」
幸村は、ほとんど汗もかかない涼しい顔で、傍観していた柳を振り返った。
コートには、未だ片膝ついて立ち上がれない状態の真田が取り残されている。
柳は、恐怖と喜びの両方の意味で体をゾクゾクさせた。
今日はいつにもまして幸村に注目する外野が多い。
幸村が注目を浴びるほど、柳は密かに自慢に思っていた。
「あれからまた一段と腕を上げたようだ。心してかかるんだな」
そう念押しした真田は、満足そうに柳の肩に手を置いた。
「しかしなぜだ。女子に加えて男子の目も増えたぞ。納得いかん」
柳と違って、真田は幸村を人目にさらされるのを良しとしない。
「きれいになったからな」
柳はさらりと答えた。
俺とおまえの影響だと教えてやると、真田はぐっと言葉を詰まらせた。彼もよくわかっているらしい。
「精市、またせたな」
柳がサーブの構えをとると、幸村はきりりとして姿勢を低く身構えた。
柳の好きな幸村の表情だ。
今だけ、ちょっと困らせてやりたくなる。
「ところで精市」
「!」
ボールを頭上に放った。
「次は水玉模様もよくないか?」
打った。
返球はない。
「…蓮二ずるい」
「何の変化もないサーブを見送るとは。たるんでいないか、なあ弦一郎?」
真田は、俺に話を振るなと言いたげだ。
幸村はラケットを後ろ手に持つと、つま先でサービスラインをなでている。
冗談で言ったつもりが、思わぬ収穫がありそうだ。
「満更でもなさそうだな」
「……俺に勝ったら考えなくもない」
「勝っていいのか?」
「蓮二は俺には勝てない」
「そうだな」
柳は笑い出したいのを必死にこらえた。
真田は呆れ顔をつくっているが、これも本心は自分と同じだろうと柳はみている。
「では悩まなくともいい。安心しろ」
「……やってみないとわからないだろ」
幸村は再びラケットを構えたが、さっきとは様子が違う。
腰が定まっていない。落ち着かないのだ。
見方を変えれば、色っぽい。
その行動の意味を理解できるのは柳と真田だけだ。
「たるんどる…」
真田がつぶやいた。
柳は力いっぱいボールを打った。
幸村相手に、サービスエースをとるつもりでいる。
end
