桜若葉の下で


別の日。
幸村は女子の練習にも一通り加わるようになっていた。
この日は休憩時間になると、幸村はひとり三面並びのテニスコートの外周を走ることにした。
やはり女子の練習量では物足りない。体力も落としたくない。いつでも男子テニス部に戻るつもりでいる。

今日は二面を男子が使用している。
走りながらコートを覗いたが、レギュラーメンバーの姿は見当たらない。部室でミーティングだろうか。
走るのに集中して息が上がってきた頃、さっきまでとは違う打球音に足を止めた。

(はやい!こんなに違うのか…)

同じテニスでも、女子とは別のスポーツかと思えるほどの差があった。
ラリーのテンポがいい。見ていて、爽快な気分になる。まるで芸術的なラケット捌(さば)きで、彼らはボールを自在に打ち合っていた。

「かっこいい」

と声に出ていたのは同学年の女子テニス部員で、幸村の少し後ろで友人ともごもごお喋りしていた。
幸村も上がった呼吸を整えながら、男子テニス部レギュラーのひとりひとりの機敏な身のこなしに見入っていた。

その中の一人、真田がこちらに気づいた。
ずんずんやって来るから、女子部員は小さく悲鳴をあげて逃げるように立ち去ってしまった。
幸村も彼女たちと同じ気持ちだった。
あわてて回れ右して駆け出そうとしたが、遅かった。

「柳…」

「どうした。そんなに赤い顔をして」

柳のやさしい声音が、かえって幸村を恥ずかしい思いにさせた。

「幸村!幸村なのだな!」

追いついた真田が、興奮で息を弾ませた声で幸村を呼んだ。
幸村はスコートの端を握ってうつむいた。

「精市。気持ちの整理はついたか?よく似合っているぞ」

「なんて最高なんだ!幸村!」

「俺は…」

言い訳を探したが、幸村は望んでこの格好をしている。なにより、柳と真田にほめられて悪い気はしなかった。

「そろそろ行かないと…」

休憩時間が終わる。 
二人から逃げないと、高鳴る胸の鼓動はおさまらないだろう。幸村は真田の横を行き過ぎようとした。

「危ないぞ」

つまづいた体を支えた真田の手が胸元に触れて、すごく意識した。
柳の視線が腰のあたりに注がれているのがわかって、さり気なくスコートを手で押さえた。  

「じゃあ、ね…練習、がんばって」

幸村はやっと声に出した。
走って、この様子を遠巻きに見守っていた先ほどの女子テニス部員に合流した。
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